長崎県長崎市|腰痛119番の津留治療院(ブログ) http://www.youtu119.com/ 腰痛克服!骨盤矯正にバラコンバンドの津留治療院|長崎市 ja youtu119 Copyright2017 2017-09-23T15:48:55+09:00 hourly 1 2017-09-23T15:48:55+09:00 長崎県長崎市|腰痛119番の津留治療院(ブログ) http://www.youtu119.com/img/non_image.gif http://www.youtu119.com/ 240 180 腰痛克服!骨盤矯正にバラコンバンドの津留治療院|長崎市 (3) 椎間板ヘルニア、右足坐骨神経痛が手術をしないで治った http://www.youtu119.com/blog170915131510.html 当時の記録が、朝布団から起床し45度の斜面
(ストレッチボード状)に乗りながら歯磨き。

その後に骨盤巻き、膝巻き、足指巻きの状態で運動開始、
左右1分間30回転 計6分間、次に柔軟運動です。

最後に足をバタバタさせたり膝回しをしたり足首回ししたりです。
暇なときは野球のボールで骨盤回りをほぐしたりしてました。
これも先生直伝です。本当に効果が凄いです!!

昼も同様ですが、夜風呂上りには、
朝昼と同様の運動をした後、45度の斜面に乗りながら、
ヒップ巻き、足裏巻きの状態で柱に捕まりながら
手の反動を生かしポールダンサーのように回してました。

その後はもっと柔軟性を高めてくださいと
先生が教えてくれたのがヨガです。
これにはかなりハマりました。

それから、先生が教えてくれた早く治すヒント!
45度斜面ですが、自分は木製のスノコです。
裸足で乗れば滑りません、角度は自由自在に作れます。

しかもバンド運動の際これをやると
両足指先が開きにくくなります。

地面には100円ショップやホームセンターなどに
売ってある低反発のクッションマットに
肩幅のラインを入れて回すと凄い効果です。

その後、先生からそろそろ歩いて下さい。
と言われ自分の地元の総合グラウンドの
外周約1kmを歩きました。

記録には6月4日(天候晴れ)

まずできる範囲の軽い柔軟をして、
グラウンド外周およそ3分の1程度で
右足首及び脹脛外部周辺に痛みが発生。

その後右骨盤周辺に痛みグラウンドの中間地点で1分間休憩後、
痛みは軽減し駐車場まで歩いた。

その後帰宅し、痛みが出た足の部分に
ゲートル巻き、太もも巻き、足裏巻きをし、
その後、先生が言われていたサウナに行きました。

これを毎日繰り返し、どんどん歩行が出来るようになりました。
 
しかし当時は波がありました。

6月8日(天候曇り)

50m程の感覚で色んな部分に痛みが発生、
痛みはそれほど強くはないが、違和感は有った。

バンド運動、柔軟などは、好調だったが
何故と思うことかありました。

そこで先生が以前、治る時は波があると
言われていたのを思い出し、
「このまま続けよう!頑張ろう!」と自分に言い聞かせました。

その効果もあり7月にはどんどん歩けるようになります。 

しかし最後の右足首はなかなか不調です。
短い距離では痛みは出ません。
ですが1kmくらいの最後あたりは違和感が出ます。

そこで先生に尋ねました。そしたら足のいろんな部位を触って、
これが原因だと教わりました。

そこで先生が代用で使える棒が
100円ショップで見たことがあると言われ、
それはマジックのような形と言われたので、
探しますが中々ありませんでした。

そこですりこぎ状の棒でやりました。

おかげで痛みがなく、
今では軽いランニングまで出来るようになり
本当にありがとうございます。

仕事をしていても痛みが無く不思議です。
今でもバンド運動や柔軟運動は欠かさず行っています。
先生本当にありがとう。 ]]>
新着情報 youtu119 2017-09-15T13:14:25+09:00
(2) 椎間板ヘルニア、右足坐骨神経痛が手術をしないで治った http://www.youtu119.com/blog170904131321.html 「その体は何をした!?」と聞かれ
「ヘルニアになりました。」

「最近多いよね、しかもグニヤグニヤ蛇みたい」と言われ、
「自分は蛇年だから仕方ないです(笑)」

「手術はせんで良いと?」と聞かれ
「一応予約は入ってますよ。けど切る気は殆どないんですよ。」
「それを切らんで治せたら奇跡よ」と言われました。

その後、私の仕事仲間がよく行くカイロに通うようになります。
「1ヵ月ぐらいで治ると思いますよ」と言われたので
1ケ月治療をしてもらいました。

治療をしてもらったその時は良いのですが、
夜になると相変わらず激痛が襲う。

しかも「お酒や、あぐら等は絶対に辞めてください。
それと何もしないで横になっていて下さい。」
と言われ、私の頭には手術の日程は迫るし、
「何時までこんな状態が続くのか」と毎日イライラしていました。

そのせいで胃潰瘍にもなり、憂懇な気持ちになってしまい、
もうだめだ、子供2人と嫁さんに迷惑をかけた上、治らない。
死んだがましだ…と思った時もあります。

しかもカイロの院長は後1ケ月間ください。
私が見ますからと言われたが、
いい加減にしてくれと思い通うのを辞めました。

私が治らないので、親戚の叔父が心配して、
自分も昔腰痛持ちだったと言い、そこを紹介してもらったが、
1回目でこれはただのカイロやマッサージと一緒じゃないか!

こんなんじや治るはずがないと思いそこは辞めました。

手術の日程が迫る中、プロはいないのか?と思いながら、
パソコンを開きインターネットで
【長崎県 腰痛ヘルニア 治し方】
と打って出てきたのが、津留治療院でした。

先生のホームページを開いたら動画で体験を語る場面が有り、
それを見て自分と似た症状の方が居られる。

例えば、歩行困難、立って居られない、
腰痛に悩む、足が痛い庫れ等、
似た症状の方がたくさん治っている!

「ここだ!!」と思い近くでスマホをいじっていた嫁に
すぐ電話してくれと頼みました。

しかも不思議なゴムバンドを色んな所に巻いて、
グルグル腰を回したりしている。

これを買ったら、家で治す運動ができる!
痛みに耐え布団でゴロゴロしなくていい。

先生の動画や説明文を読み、
ここは本物だ全然違う!と興奮しました。

しかも自宅から約1時間半から2時間の距離です。

私の心に今も残っている場面が初診のシーンです。

その際【これを治すには魔法なんてありませんよ】
と言われ笑ってましたが、自分の中では、
「こんな治療法は初めてだ!色々行ったが全然違う!」

しかも先生は骨盤の模型を持って丁寧に、
病院よりわかりやすく説明してくれました。嬉しかったです。

その際、気になっていたバンドを購入し
使い方を教えてもらいました。

最初はかなりキツイし痛い、思ってるように腰を回せない。
しかもアキレス腱が切れそうな感覚でパンパンです。

これを左右1分間に25~30回を3セットと言われ、
柱に捕まったりしながら意地になって回しました。

一週間頃から何も掴まずに回せるようになり
体も徐々にまっすぐになってきました。

その際、先生の柔軟運動をやりたくて
ウズウズしていましたので先生にいいですか?

と言ったら笑って良いですよ、
ただ出来ないものも有ると思います。
と言われて実際にやってみると確かにできません(笑)

しかし、そこが欠点だ、出来るようになりたい!
だから頑張ります!

その後、車も運転ができるようになり
日に日に治っていると実感できます。

私が感じた先生の治療法は
【自分が治っている!もしくは自分が治る兆しが形として見える】
と言うのを実感でき楽しみや目標を与えてくれます。

先生の所でバンド運動をしている時、
「もうちょっと足を狭めて、足先を真っ直ぐで、
お腹を前に突き出すように」と言われた頃から、
家で本格的にバンド運動を研究しはじめます。

まず先生のバンド運動マニュアルを毎日読んだり、
自然良能会の本を読んだりと完治に向けヒント探しに没頭します。

そしたら、足は肩幅、足先は真っ直ぐの意味が解ってきました。
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新着情報 youtu119 2017-09-04T13:12:26+09:00
(1) 椎間板ヘルニア、右足坐骨神経痛が手術をしないで治った http://www.youtu119.com/blog170828152042.html
2016年 初夏
いつものように仕事をしていたら、
昼過ぎ頃から右半身(肩から足先まで)
ダルイ感覚があった。その時は疲れだと思った。

夜になっても違和感があったが、
翌日には、その感覚はなくなった。

お盆を過ぎた頃、夜になって突然、
右足首から脹脛外部周辺及び右骨盤周辺に
ダルサと痛みが襲い、
その日の夜はあまり寝付けず仮眠程度で朝を迎えた。

朝になると痛みが消え、何だったんだ?
と思い車に乗ると約20mぐらい
歩いたら足がダルイ、そして足首が痛い。

その辺の資材に腰かけた、
1分間ぐらいしたら、あの感覚は消え、
車に乗って仕事に行ったが、
仕事をしていたらまたあの感覚が襲う。

たまらず午後から近くの病院に行き、
レントゲンを撮ってもらい、
医師は腰椎の4番5番の軟骨が減っているヘルニアと言うより
坐骨神経痛と言われた。

とりあえず痛み止めを出します。
「効き目がない場合は
ブロック注射とか、色々ありますんで・・・

とりあえず薬で様子を見ましょう。」
もらった薬を飲んでも右足の痛みやダルサは消えなかった。

病院に行ってままならない頃に近所の人と話をしていた。
その話の中でこの間、
病院に行ったら坐骨神経痛て言われてと言ったら、
「俺も坐骨神経痛よ!」と言われ、
逆にどうしたら治るの?と聞くと、

「一生治らんよ…!」と言われ、

ショックでみんなこの痛みやダルサに耐えて
仕事しよるとか…と内心思った。

そしたら、針なんかしてみたら?
神経痛には効くて聞くし、
あと厚めの靴履くとか色々してみたら、
と言われ、針を打ちに行ってみた。

一週間程は効果があったので、
針で治ると思っていた。

それから週一で針を打つこと2ヵ月余り、
冬になり正月を迎えた。

1月、針を打つが効かない何か変だな?と思っていた。
2月後半に入り体が曲がりだす。

鏡越しに自分の体を見ると、
怖いように体が曲がり、
右胸が体の真ん中に有るように見え、
背骨はS字、お尻は、変形していた。

思うように体が動かない上、
ひどい激痛で四つん這いになり這うように動き、
柱などにつかまり腕の方で何とかして立つ。

それ以降は仕事もできず、布団に横になる。
仰向け、うつ伏せ、この2つの動作は不可能で
横向きで背中を丸め鱒ったようにしないと寝れない。

ひどい時は右足首から脹脛外部周辺、
右骨盤周辺付近は常に痛む。

その際、鎮痛剤、座薬等を同時に使うが何も効果がない。

3月に入り仕事仲間の知人が、
とある某病院で椎間板ヘルニアの手術をしたと聞き、
お見舞いのついでに自分の体を見てもらおうと思い、
嫁に運転をしてもらい某病院へと向かう。

そこで、「どこが痛みますか?」と聞かれたので
「右の腰から足先まで全部です。」

レントゲン、MRIなどを撮ってもらい、
医師の診断を待つ。

すると、映像越しに
「あなたは腰椎4番5番がはみ出し脊髄が通ってない
ドッカンヘルニア」と言われ、早期手術です。

予約がいっぱいなので5月20日に、
入院の準備をしてきて下さいと言われました。

そこで私は反対に
「手術したらどの程度で退院できますか?」と聞くと、
「約3ヵ月間はベッド横になってもらい、
リハビリはそれ以降です。
足の痛みは残ると思います。」

 3ヵ月も横になって足の痛みは消えないで
リハビリなんて無理だと思い、
わかった素振りでその場を去った。

入院している知人にお見舞いがてらその話をすると、
「最初は治ったよ」と笑顔で語っていたが、
手術は成功し「腰の痛みは消えたが足の庫れが中々消えない」と言う。

しかも制限付きで重い物や激しい運動は
控えるように言われたそうだ。

どうやって生活する気なんだろう?

私自身内心、(デメリットが多い上、
人によっては何回も手術をしている人がいる。
私の周りにはそういう人が多い。)

自分の症状も話し笑いながら雑談を終え、
知人は帰る間際に
「お前も切れ、そっちが楽になるぞ!」と言われ・・・

笑いながら「メリットは?」と聞くと、
「ん…?」と言葉が詰まられました。

「まだ時間が有るし、色々試してダメな時考えます。
お大事にと病室を後にしました。」 ]]>
新着情報 youtu119 2017-08-28T15:19:19+09:00
(2) 椎間板ヘルニアを骨盤調整で解消して http://www.youtu119.com/blog170725124908.html 五味会長は前会長と同じように、
初診の診断だけを自らして、
治療はスタッフに指示して任せてもいいのであるが、
同会長はまだまだ元気で、現場の第一線に立って頑張っている。

(骨盤調整の本当の技を患者さんに見せるのが、
会長としての当然のつとめであるから・・・)
という思いにはかならないからだ。
Hさんの治療も当然同会長がした。

右仙腸関節がズレて、骨盤が右土後方に傾いていた。
その影響で、反対の左仙腸関節もやはりズレを見せていた。

端的な表現でいえば・・・。
脊椎は、左右均等の(身体の土台ともいえる)骨盤に乗っているから
重い頭部を支えて直立しておられるのである。

ところが土台が傾けば、乗っている脊椎は不安定な状態になり、
それをなんとかバランスをとろうとすると、
不均等な重圧がとくに基部の脊椎4、5番にかかってくるのは、
力学的に見てもむしろ当然のことといえる。

その圧力が脊椎4番、5番の間の椎間板や、
5番と仙骨の間の椎間板を押しつぶし、
中の髄核が繊維輪を破って外に押し出されて、骨化する。

それがヘルニアなのである。

現代医学(整形外科)は、前々からいうように
骨盤(仙腸関節)の意義を頭から無視している。

それでいて、MRIなどの精巧な検査機器では
ヘルニアの画像がはっきりと映し出される。

だから我々自然良能会が常々述べている、
ヘルニア発生のプロセス(原因解明)を省略し、
「椎間板ヘルニアです」と病名を宣告する。

なんらかの理由でできたヘルニアが、
神経にふれて痛みを誘発するという。

「なぜ?」という説明抜きでだ。

先に述べた我々の発症プロセスでは、
骨盤変位がもたらす腰痛が本来の病名であり、
椎間板ヘルニアはそれに付随する現象に過ぎない。

ところがMRIなどで見ると、ヘルニアがよく見かける。
それで椎間板ヘルニアと病名を付ける。

そして、その突起した部分を削り収れば、
症状は解消すると説明し、激しい痛みを訴えると、
「手術をしましょう」と勧める。

手術をすれば症状が本当に解消するのか?
答えはNOである。
それでも(他に治す方法がないから)手術を勧める。

脊椎4番と5番のヘルニアを除去する。
しばらくは楽になった(ように)感じる。

だが、今度は5番と仙骨の間にヘルニアが再発する。

それもまた削り収ろうと言い、実際に切除する。
本来身体の屈仲、ねじりなどの身体の動きを潤滑にする
役割を果たしている椎間板が摩耗すると、
身体の動きがぎくしやくして十分に機能しなくなってしまう。

安易な手術は、危険性とそうした変調の二重の要因があるものだ。
医者はそれを承知で「手術をしなくては」という。

こうしたことは本誌でも何度も説明しており、
「間違った常識」がいまだまかり通っている以上は、
何度でも同じことを繰り返して説明しなくてはならない。

それが腰痛治療に携わっているものの義務である、
というのが五味会長の考えなのである。
このことは同会長の著書でも詳しく説明されている。

Hさんはその本を読んで、手術を拒んで骨盤調整を頼ってきた。
正しい選択だった。
仙腸関節のズレは、両足の長さの違いで一目瞭然である。

現代医学は骨盤の傾きや、
両足の長さがちぐはぐでも問題にしない。

五味会長が仙腸関節を調整すると、
長さが違っていた両足がピタリと合った。

それを見せられて、Hさんはびっくりしたが、
それ以上に驚いたのは、ウソみたいに身体が楽になったことだ。

まだ痛いが、調整後に治療室を歩いてみると軽く歩けた。
「症状は重度じゃない。しばらく治療するとよくなるよ」
五味会長は、当然だという口調で明言した。

それからHさんの東京総本部通いが始まったのだが、
仕事熱心な人だけに時間をなんとかやり繰りして、
週一、二回の通院となった。

(本当はもっと頻繁に通ってもらえれば、
それだけ治るのが早くなるのに)
とスタッフのひとりはもらした。

しかも、少し身体が楽に動かせるようになると、
つい仕事に熱が入ってしまう人で、
それも患者さんの都合だからしかたがないといえるが、
惜しいよね、とスタッフは残念そうな口調でいうのだった。

症状が快方に向かうにつれて、
本来の明るい気性が出て、可愛い娘さんの話をすると、
うれしげにぱっちりした眼を細めていた。

ときには一進一退の時期もあったのだが、
今年に入って春先に家族で旅行に出掛けられるまでになっていた。

「なにしろ数年ぶりでしょう、感動しました。
娘も本当によろこんでいました」
とHさんは、治療に来たとき報告した。

そして、6月に入ると前々から行こうといっていた沖縄に、
数日間の家族旅行をしたのだった。

シーズンを避けてゆっくりと、
これまでどこへも行けずに寂しい思いをさせた家族に
サービスをしようというものだったが、
「こんなに良くなるとは当初は思えなかった」とHさんはいう。

現在も、月2回ぐらいは健康保持のためにと通ってくる。



月刊 自然良能より ]]>
新着情報 youtu119 2017-07-25T12:48:30+09:00
(1) 椎間板ヘルニアを骨盤調整で解消して http://www.youtu119.com/blog170714131721.html
6月下旬のことで、そのときHさんは38歳であった。

中肉中背のがっしりした体躯の、
体育会系のいかついタイプだったが、
眼がくりっとした、「目元ぱっちり」した人というのが、
面談した本部スタッフの第一印象だった。

やさしげな人だな・・・という感じをうけたという。


ちょっと前かがみになり、腰に手を当てて、
つらそうな感じで治療室に入ってきたのだった。

訴えた症状は椎間板ヘルニア。

腰椎の4番と5番の間にヘルニアがある、
と病院での診断で、
他に脊椎分離症でもあると宣告されたと語った。

腰に痛みが出だのは3月ごろからで、
当初はしくしくした痛みで、
不快な違和感があったが、
「たかが腰痛だから、そのうち治るだろう!?」
と放っておいた。

仕事も年齢的にも第一線で頑張る時だけに、
やはり最優先する。

ちょっとした痛み程度で会社を休んだりはできない。
ただ、自分ではまだまだ若いと思っていたのだが、
いろんな障りが出る年齢になったのかな、
という感慨はあった。

しかし、腰の痛みは「そのうち消える」どころか、
次第にひどくなっていき、立ち座りもすうっとできなく、
痛みをこらえてよっこらしょという感じになった。

休みの日などは、努めて家で静かにしているようにした。
ただ、ゴールデンウィークの時は、
「娘に可哀想な思いをさせました」という。

Hさんには4歳になる娘さんかおり、
目元ぱっちりを受け継いだ可愛い子で、
可愛くってしかたがないようであった。

それだけにG・Wの連休には、
近所の同じ年ごろの子どもはみんな親に連れられて
遊びに行ったりして、
どこかへ連れていってやりたいと思ったが、
腰の痛さでそれができなかったというのだ。

そんなHさんに、奥さんが
「やはり、お医者さんに診てもらったほうがいいのじゃないの」
と勧めたのである。

そこで、28歳の時に右肩を骨折してかかった
病院の整形外科に行き、
診断してもらったところ、前記の病名を告げられ、

「いますぐというわけではないが、
症状によっては手術することになるでしょうね」
と宣告されたのだった。

それから何度か通院したが、
症状は好転するどころか悪くなるばかりで、
通勤するのも顔を歪めながら、
冷や汗を流しての行き帰りになった。

その間、あんま、マ。サージにかかったが、
受けた直後は少し楽になったように感じても、
すぐにもとの痛みにもどってしまうのだった。

そんなHさんに、次第に「手術」という二文字が
重々しくのしかかってきたのである。

(やはり手術をしなくてはならないのだろうか)

不安に駆られていた矢先、なにげなく入った書店で、
五味勝会長の著書、
「椎間板ヘルニア手術なんてとんでもない」
を見つけたという。

さっそく買って帰って読むと、タイトル通り
「手術なんてとんでもない」ことだと力説しているもので、

「現代医学(整形外科)では、椎間板ヘルニアは
突起したヘルニアを削除する手術をすれば
解消するとうたっているが、
それは間違った考えだと断言できる。

なぜならば、本当の原因を無視しているからである。
つまりわからないのだ。

原因がわからなくて、なぜ正しい治療ができるのだろう?
それでもなにかというと、手術を・・・と勧める。

それは他の方法を知らないからで、
医師自身が治るという確信も自信ももっていない。

それでいて安直に(多分に危険性をはらむ)手術を勧めるのは
とんでもないことである」といい、
椎間板ヘルニアの真の原因は骨盤(仙腸関節)の変位にあるので、
その歪みを正さなければこの症状は治らないと、
五味会長はズバリと言いきり、
その詳しいメカニズムと具体的な治療法を説明していた。

Hさんは、同会長の解説が全て理解できたわけではなかったが、
「椎間板ヘルニアは手術しなくても治る」
と明言していることに心ひかれ、
この治療(骨盤調整)に懸けてみようと決心して、
問い合わせの電話をかけたのだった。

応対に出たスタッフの、総本部では予約制は採っていないので、
との言葉でその翌日、治療所に来たのだった。 ]]>
新着情報 youtu119 2017-07-14T13:16:47+09:00
(2) 椎間板ヘルニアの間違った常識を考察する http://www.youtu119.com/blog170524131556.html 当初は腰の痛みから始まった。

男性は仕事があると、どうしても仕事優先にして、
少々の痛みは我慢してしまう。
とくに日本のビジネスマンはその傾向が強いようだ。

最近の若い人はどうか、いまひとつ掴みにくいが、
Sさんのような50代の人は、
経済発展の右肩上がりの時代を体験していて、
また年齢からくる仕事の責任も重なり、

健康の自己管理には希薄になりがちで、
ことに腰の痛みなどには、「たかが腰痛なんて・・・!?」
といって放置しがちなものである。

Sさんもそうだった。
しくしくした痛みをこらえながら仕事をつづけているうちに、
左足にしびれが出てきたのである。
それでも我慢強く仕事をつづけた。

そんなあるとき、会社の女子社員から、
「なんだか歩き方がヘンですよ」
そう指摘されたのだった。
改めて鏡で見てびっくりした。

(身体が歪んでいる・・・!)

自分ではまっすぐ立っているつもりなのだが、
片方の肩が落ちて、妙にいびつな立ち姿だった。

あわてて病院へいくと、診察した整形外科医が
宣告したのは「椎間板ヘルニア」という病名だった。

それから定期的に通院するようになったが、
症状は良くなるどころか悪くなる一方で、
腰の痛み、足のしびれもよりひどくなった。

歩き方も・・・
五味会長が定例の講習会で、骨盤を狂わせ
脊椎がS掌状に歪むとこうなるといって、
両手を前にもってきていきませ、
片側の肩を下げて、お尻を逆側後方に突き出す。

身体が歪んだ姿を実演するが、
まさにそうした姿態になり、
歩き方もあきらかに破行になっていた。

医者は「これは手術をしなくては駄目だね」と宣告した。

普段無頓着な人ほど、
手術といわれると過度に反応するものかもしれない。

Sさんもそうで、手術といわれた瞬間、
愕然とし、つづいて恐怖した。

本能的に、手術はしたくない・・・?と思った。

そこで友人に相談したところ、
自然良能会東京総本部を紹介された。

そういって治療所にSさんが来だのは、
今年の2月の初めだった。

初診を診た五昧会長は、
「こんなに足の長さが違うでしょう」と、
両足の蹟をそろえて曲げ、Sさんに見せた。

これは仙腸関節がズレている証拠ですといい、
「ハーッ」と気合をかけて調整して、
また見せると、違っていた足の長さがぴたっと合わさっていたのだ。

「身体が軽くなったようだ」

Sさんは、この治療なら治るかも知れないと思い、
病院はやめて、良能会の治療に専念することにした。

仕事の合間を縫ってだから、週に一度かよくて二度ほどだったが、
10回ほど通うと、腰や足の痛み、シビレも取れ、
身体もまっすぐになり、歩きも楽になった。

当初は色艶がなく、黒ずんだ顔色だった。
どろんとして悪かった顔に赤みがさすようになった。

歩き方を指摘した女子社員は、
見違えるようにすっすと歩くようになったSさんに
びっくりしていたし、骨盤調整を紹介した友人は、
「だろう・・・!」といってニンマリしていた。



月刊自然良能より
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新着情報 youtu119 2017-05-24T13:14:56+09:00
(1) 椎間板ヘルニアの間違った常識を考察する http://www.youtu119.com/blog170510134614.html 手術をとの医者の勧めを断ってよかった!

一般的に「腰痛」という意味でひと括りされている症状の中で、
もっとも多いのが椎間板ヘルニア。

たしかにMR-で撮るとはっきりとヘルニアが認められるが、
だからといって、痛みの原因だというヘルニアを手術で
除去すればいいという現代医学の手法で本当に治るのか?
というと答えはノーだ。


治らないということは「間違った常識」に
惑わされていることで、
東京総本部での症例を基に椎間板ヘルニアの問題点について
考えてみたいと思う・・・!

■ 手術をとの医者の勧めを断ってよかった!

「なんでも椎間板」と常々五味会長が揶揄しているのは、
腰痛等」の患者さんに対する現代医学(整形外科)の
姿勢のあやふやさを指してのことである。

現代医学では、腰痛は病名ではなく、
単なる症状に過ぎないという。

それからしておかしいが、
いまもって頑なにその姿勢を取っていて、

「腰が痛いのですが・・・?!」

と訴えてきた患者さんに、
整形外科医は、まず検査をしましょうと、
レントゲンやMRIを撮ることを指示する。

「腰が痛い」というのは、患者さんの「感じ」だけのことで、
医師には「見えない症状」だから、漠然とした状態に過ぎない。
そこで、とりあえずは検査をする。

昨今の医療の検査機器の発達はめざましいものがあって、
MRIなどはその最たるものであり、
それに関わった医学者らがノーベル賞を取ったほどだ。

そうした精巧なMRIで撮ると、
ヘルニアが鮮明な画像となって映し出される。

すると医者は、なぜ脊椎を構成する椎骨と椎骨の間にある、
椎間板の中の髄核がはみ出して骨化する(ヘルニアになる)かの
根本原因を追及せず、ヘルニアが見つかったから、

「椎間板ヘルニアですよ」と病名をつける。

腰痛で来る患者さんの多くにヘルニアが認められる。
だから、そうした患者さんには、その病名を付ける。

椎間板ヘルニアの患者さんが圧倒的に多いのは、
そうした理由だからだ。

医者は、この突出したもの(つまりヘルニアである)が
神経にふれて、痛みを誘発する原因だと説明する。

そして鎮痛剤を出し、しばらくは安静にしているようにいい、
痛みがあまり激しくなれば、
その飛び出した部分を切除する手術を勧めるのである。

それで椎間板ヘルニアが解消するのなら、
なにもいうことはないのだが、

我々自然良能会の立場からいえば、
五味会長の著書の題名のように、
「椎間板ヘルニア手術なんてとんでもない」ことであって、
ヘルニアを削り取れば治るという考えは間達いだと言える。

腰痛に対する考え方が、
我々と現代医学とではまるで達うということである。

端的にいえば、自然良能会では
「腰痛の根本原因は骨盤の狂いから」と説明し、
その狂い歪みを矯正することで腰痛を治す治療法・・・
骨盤調整をもって世に問い、確かな実績を残している。

しかし、現代医学はその骨盤を無視している。
そんな現代医学の対応は、
いってみれば枝葉の要因を取り上げて原因という。

そこを治療すれば治るというものだが、
根幹の原因である骨盤にはまるでふれない理論だから、
我々が、「現代医学では腰痛は治せない」
といってはばからないのは、現に医者で治せなかった
重度の症状の患者さんたちを、
自然良能会では確実に治している「事実」があるからだ。

それでも骨盤調整は、現代医学からすれば「異端」の論と、
いまもって思われているようだが、
その狭視的な見方というか、かたくなさには唖然とするばかりである。

五味会長が「なんでも椎間板」というほど多い
椎間板ヘルニアの例をみても、痛みが激しい患者さんには、
すぐに、「手術をしなくてはなりませんね」と勧めるが、
そういう医者自身が「手術をしたら治る」という確信がない。

自分が逆の立場だったら、
手術は拒み、他の治療法を頼るだろうという。
事実そうした例がいくつもある。

だが、患者さんたちは立派な設備の検査機器に圧倒され、
医者の付ける病名に萎縮してしまう。

なによりも医者の権威はいまだ確然としてあるから、
そのいうことには唯々諾々として従う。

「私もそうでした・・・」

というのは、Sさん(57歳)である。 ]]>
新着情報 youtu119 2017-05-10T13:42:39+09:00
(2) 椎間板ヘルニア 左側のお尻が痛い http://www.youtu119.com/blog170401131728.html 実際はもっと以前から骨盤を狂わせていたものだが、
腰部の微々たる痛みなどの違和感はあっても
本当の症状は潜伏していて、気づかなかったのである。

そうした潜在していたものがどっと、
一気に表に出だのが11月だったわけである。

あわてたKさんは、医者のいうままに即入院したのだったが、
五味会長が本誌で繰り返し、整形外科に2ケ月も入院したものの
痛みはいっこうに消えなかった。

そこで「仕事が多忙で、いつまでもやすんでおれない」といって退院し、
それからはカイロプラクティックに通い、猛烈な痛みに見まわれると
病院でプロック注射をするということを繰り返していた。

そんなおりにたまたま五味会長の出した、
「医者が救えない腰痛はこうして治る」を読み総本部に来たのだった。

それでいて「私は西洋医学で治療をつづけようか、
東洋医学を試してみようか、いろいろ考えたのですが、
今回はこの治療を受けて見ようと患って・・・と、
最初(のスタッフの問診)にそういったのだった。

そして治療が始まったのだったが、2~3回目くらいから
あちこちに痛みが出てきたのだった。

それも半端な痛みではなかった。
Kさんは、「いったいどうなっているんですか?」
怒った口調で詰問してきた。

治療してより痛くなるなんて、おかしいではないか。
このままひどくなると、訴えるからとも言ったのだ。

だが、治療したから痛くなったのは事実だ。
言い代えれば、もともとそうした痛みはあったのだが、
当人がそれに気づかなかっただけのことである。

Kさんは自律神経失調で、神経のはたらきが鈍磨していたのだ。
それが調整治療で骨盤を正し、神経が正常にはたらくようになると、
痛みも感じるようになったのである。

スタッフはそう説明した。
Kさんは不承々々だが納得した。

だが、痛みはそれからも少しつづいた。
Kさんは「痛い、痛い」と訴え、
ときには涙ぐんだりしながらも、治療に通ってきた。

「だって、こんな痛い思いをして、
このままでやめちまうのは口惜しいから・・・」
というのだった。

治療をして、痛みが出るということは、良くなる兆しである。
それのひどいのが「反動」だ。

人によっては、そんなとき(ひどい痛みならばなおさら)
不安になり、恐れもあって疑念をいだくものだが、
間遷いなく快方に向かう兆候であるから、
そのことを充分わかるように説得するのも
治療するものの努めであるようだ。

スタッフもその点はきちんと説明した。
だが、Kさんは「そうですか」とはいったものの、
内心ではまだ疑いの思いがあったようだ。

痛みは、何回かの治療で、ぴたっと出なくなった。
と同時に、症状は確実に良くなってきた。
そして、20数回の治療で完全に治ったのであった。




月刊自然良能より ]]>
新着情報 youtu119 2017-04-01T13:16:13+09:00
(1) 椎間板ヘルニア 左側のお尻が痛い http://www.youtu119.com/blog170327132939.html 文字通り十人十色だ。

「治りたい」という一途な思いは、皆同じなのだろうが、
治療する間の対応は、人それぞれで異なってくる。

患者さんの「姿勢」がである。

自然良能会の門を叩く人は、
当初は病院をはじめいろんな治療を受けたが、
いずれもいっこうに良くなる気配がなく、
自然良能会の骨盤調整の噂を聞いて
来たというケースが多い。

それだけに、藁をもつかむ思いで来ても、
「この治療で本当に治るのかしら?」
との疑念で気持ちがゆらいだり、不安な思いが出たりする。

また気質なのだろうが、実に癖の強い人もいる。
そうした悲観的な考えの人は、当然問題であるが、
ちょっと良くなると「治った」と判断してしまう。

治療する側が困るのは当然だが、
それ以上に困るのは患者さん白身なのである。

「病気を治すのは自然良能の力だ」
 というのが自然良能会の基本的な考えなのだ。

自然良能とは、人間が本来もっている「自分で治す力」のことであって、
同会の治療家たちが行う治療は、
その自然良能を引き出す手伝いに過ぎないのだ。

現代医学とて同じことである、
患部を消毒したり、炎症を抑える薬を投与したり、
潰瘍を手術で除去したりするが、
それは手当でしかないもので、
治癒する力は自然良能の力の作用に負うしかないといえよう。

同会の専門分野である腰痛、神経痛などについても同じことがいえる。
同会では「万病一元」といい、
もろもろの症状の原因は、骨格の変位からくる
血液循環の不順、神経流通の阻害、
そして筋肉、靭帯の硬縮などなどから派生するものであり、
その骨格の狂いの根本原因は骨盤の歪みにある・・・

それが自然良能会独自の考えであり、
骨盤(巌密にいえば骨盤の中にある一対の仙腸関節)の
ズレを正すことを主眼にした治療法が骨盤調整であって、
実際に長年にわたって数多くの治療実績を積み重ねてきたのだった。

骨盤を正すことで血液の流れを活発にし、
自然良能を旺盛にする。
同会の治療はその一言に尽きるのだ。

それだけに、この治療法を信じ、熱心に通い、
また同法の補助運動であるバラコンバンドを使った
腰回し運動にも懸命に励む人と、
バラコン運動も熱心でない人とでは、
つまり前向き、後向きの患者さんでは「治る」ことに
大きな差ができるのは当然のことであるというものである。

だからこそ、自然良能会は「患者さんの姿勢」について言及するし、
患者さんにもあれこれ注文をつける所以であるのだ。

Kさんが、初めて総本部に来たのは昨年の2月であった。
ラフなスタイルをしていて、
上背もあり、がっしりした体だった。

訴えた症状は、椎間板ヘルニアであった。
「お辞儀のしすぎでヘルニアになったのです」

その症状に見舞われたのは、前年の11月だといい、
その理由がお辞儀のしすぎだという変な理由を聞いた本部スタッフは、
一瞬、ええっ? と思ったのだった。

さらにKさんは、秘書をしていて、連絡や折衝役を任されているので、
いつもペコペコとお辞儀のしっぱなしであったからというのだった。

鴨川さんは、昨年の11月に病院で椎間板ヘルニアと診断され、
2ケ月ほど入院したのだが、いまは左側のお尻の下が痛いと訴えた。

診れば、右仙腸関節がズレていて、骨盤が右上後方に傾いている。

痛みが逆方向の左側に出るのは、
悪い右を自然にかばうために左に負担が過剰にかかった結果である。

いずれにしても椎間板ヘルニアは、
この根本の原因である骨盤の狂いから派生したものであって、
ヘルニアの痛みは従犯であるが、主犯ではない。

医者はMRIなどの検査でヘルニアを見つけると、
すぐにこの病名を付けるから、五味会長が、「なんでも椎間板」
と榔楡するように、その病名の患者さんが圧倒的に多いが、
自然良能会では「腰痛」と主張している。

腰痛は現代医学では病名ではなく、
単なる状態をいうものとしているが、
同会では椎間板ヘルニアや股関節脱臼、ギックリ腰その他の症状を
総称した病名と考えている。

椎間板ヘルニアにしても、MRIなどの検査機器で、
髄核が突起して骨化したもの(ヘルニア)が見えるからというので
その病名が付いただけである。

本当の原因である「骨盤変位」にはなんの注意もはらっていない。

極端な例は、同じ検査機器に骨盤があきらかに歪んだ形に映っても、
医者は無視し、ヘルニアだけに注視する。

医者の「知識」には骨盤(仙腸関節)変位が
もたらす意味がないのであろう。

そのへんのことは、五味会長の
「椎間板ヘルニア手術なんてとんでもない」
その他の著書を読んでいただければ詳しく説明してあります。



月刊自然良能より ]]>
新着情報 youtu119 2017-03-27T13:28:41+09:00
(3) 椎間板ヘルニアは手術しなくても治る http://www.youtu119.com/blog170301133316.html 歩くのもやっとという格好で入ってきた。
(以前にもいったように)初診の患者さんは、
五味会長が自ら診て治療する。

だが、身体のどこをさわっても、悲鳴を上げて痛がる。
通常の手順のような施術はできない。

腰痛のあらゆる症状の主原因は、
骨盤を構成する仙骨と腸骨を連結している
一対の仙腸関節のズレからきている。

それを矯正するのが骨盤調整の他に類を見ない
画期的な手法なのである。
骨盤調整は、この仙腸関節を正すことに
尽きるといっても過言ではない。

この治療は各関節の調整と緩めを併用して
骨格の歪みを矯正するものだが、
そうした十数通りある基本の操作技法も、
尽きるところは仙腸関節の調整をより効果的にする
補助的なものといえるだろう。

それだけ仙腸関節は大きな意味をもつ関節であり、
現代医学はもちろん、他の誰もが無視してきた
この関節の調整に着目した
骨盤調整の真骨頂といえるものであろう。

それだけに五味会長は、
身体にちょっとふれても悲鳴を上げるような
患者さんの治療は、なにはともあれまず
仙腸関節の調整をするようにしている。

例えば急性のギックリ腰で、激痛で歩くこともできず、
付き添いの入らに抱えられるようにしてきた患者さんは、
まっすぐうつ伏せになることもできないし、
身体にふれるだけで「痛い」と絶叫する。
とても通常の手順で施術はできない。

だからといって、手をこまねいていては、
「どんな症状の患者さんにもかならず対応し、
悩みをきちんと解消させる」
ことを「売り」にしている自然良能会。

五味会長は、お尻を持ち上げるようにしてなんとか
うつ伏せになったそうした患者さんのおなかの下に、
二つ折りにした座布団を入れ、足首をそうっと持ち、
仙腸関節の部位に足の踵を付けるや否や、
間髪をいれずさっと調整する。

急性のギックリ腰の人ならば、それだけでウソみたいに痛みが取れ、
「立ってみてください」という会長の言葉に、
ついさっきまで歩けなくて悲鳴を上げていたのにと、
会長を恨めしげに見ながらも、そちそろと立ち上がろうとすると、
苦もなく立ててびっくりするものだ。

だが、少し年期の入った症状であるから、
急性ギョクリ腰ほど天地の違いはなかったが、
それでも見違えるように痛みが消えて、
驚いた表情をしていたのだった。

当然のように右の仙腸関節を大きくズラしており、
その影響で左も狂わせていた。

そこで五味会長は、まず右の仙腸関節を調整しようと、
治療布団に寝ている右側に逆向きで立ち、
左足を腰に当てるようにして右足の踵を右腰に当てた瞬間、
「ハーッ」と、骨盤調整独特の気合声を出して、
仙腸関節を調整したのだった。

痛みを訴えることはなかった。左も同様だった。
それから各関節の調整と緩めを同会長はつづけた。

普通の患者さんよりは少し軽めのもので、
それでもときには痛そうに眉根に縦じわをよせることもあったが、
治療にかかる前の状態を思えば格段の違いだった。

その後、スタッフが(会長の指示で)力をひかえめにして
指圧をしたのであるが、その間、本当に気持ちよさそうな表情で
眼を閉じていて、「横になってください」とか、
「仰向けになって」という指示に、すうっと身体が動いて
位置を変え、そんな自分にびっくりしていた。

翌日も来た。すっかり明るい表情で、
「昨日は家に帰ったら、本当に眠くって・・・。
夜はパタン、キューで寝てしまいました。
ひさしぶりの熟睡でした」というのだった。

昨日、痛みでめそめそ泣いていた人とはまるで別人みたいであった。
(治療所に限っていえば)初対面の印象は当てにならないようだ。

それからも何日かおきに総本部に顔を出し、
4ケ月余りで30数回通ってきたのだった。
そして、治療を重ねる毎に確実によくなっていった。

「あのまま病院で先生のいうままに、
再度手術していたら・・・と思うと、ぞうっとしますよ」
その言葉を何度も何度も口にしたのだった。

この日を限りで、ぷつんと顔を見せなくなった。
ほば完治しており、日常の動きも常人となんら変わらなくなっていたが、
欲をいえば「最後の仕上げ」の段階でもうひと押し念をいれて
治療しておけばの思いがあった。

しかし、子育てなどでなにかと大変だろうから、
「よしとすべきだろう」と五昧会長もいっていた。

しばらくは音沙汰がなかったが、その後はまた、
思い出したように総本部に顔を出すようになった。
どこといって悪いのではないのだが、
「悪くならないためのお手入れです」といって笑っていたのだった。



月刊 自然良能より
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新着情報 youtu119 2017-03-01T13:32:46+09:00
(2) 椎間板ヘルニアは手術しなくても治る http://www.youtu119.com/blog170222134201.html 短絡的に飛び出ているヘルニアを削り取れば痛みは解消すると言って、
猛烈な痛みを訴える患者さんに、
「すぐに手術しなければいけません」と勧める。

奇妙な事実は、患者さんには安直に手術を勧めるくせに、
医師や病院関係者らは、
ヘルニアの手術に「信憑性」をおいていないということである。

医師らが自説を正しいと思って処置しているのならばまだしも、
手術に確信はもてず、危険性も知っているので、
そうした人たちは椎間板ヘルニアになって切らなくてはと宣告されると、
ほとんどが手術に踏み切らず、
自然良能会や他の治療法を頼ってくるのだ。

そのことは五味会長も著書の中で何度も述べていて、
それでいて患者さんには(それしか方法がないからか)
一様に手術を勧めるという無責任体質を指弾してきた。

たしかにおかしな話である。
さらに悪いことは、安直にヘルニアを削り取り、
再発したらまた削り取っていればどうなるか?
ということを考えなければならない。

改めていうまでもなく、人体の支柱である脊椎は
24個の椎骨から成り立っているもので、
それぞれの椎骨と椎骨の間にあって両骨をつなぎ、
クッンョンの役割を果たしているのが椎間板である。

これによって人体の屈伸、ねじりがスムーズに行われているのだ。
その椎間板は、ゼリー状の髄核のまわりを
繊維輪の層がつつんでいるもので、
通常はしっかりと保護されているものだが、
繊維輪の変性や外側からの圧力などで亀裂ができ、
繊維輪から髄核が押し出されて、
椎間板からはみ出して骨化することがある。

その状態をヘルニアという。

現代医学は、突起したヘルエアが神経にふれて痛みを誘発する
(実際は神経は弾力性があり、ヘルニアを巧みによけるものだから、
痛みの主因ではないのだが)と考え、
その突起した部分を切り取れば痛みが解消するとしている。

しかし、ヘルニアを削り収ればそれだけ椎間板が薄くなる。
そして、再発する(根本の原因を治していないのだから当然だ)と、
別の椎間板のヘルニアをまた切ることになる。

そうしたことを繰り返すと、クッションの役割をしている椎間板が
薄っぺらになって、屈伸、ねじりなどの動きがスムーズにできなくなり、
動きが人形ぶりのようにギクシャクしたものになってしまう。

まさにそうした間違った治療に頼ってきた人たった。
4年前に椎間板ヘルニア(腰椎4、5番の間)の手術を受けたのだったが、
また再発したのだった(腰椎5番と仙骨の間)。

医師からはやはり手術を勧められたが、二度の手術は恐く、
だからといって整形外科での手当ではなんの効果もないので、
整骨院にもかかってみたのだが、
そこでもこれといった変化はなかった。

そうしながら症状は次第に悪化していき、
東京総本部に来た一週間前くらいから、
あまりの痛さで起きていられなくなったのだった。

「骨盤調整という治療を受けてみたらどうなの」
と勧めたのは、お母さんである。

まだ若い青春まっさかりの20歳のときに、
椎間板ヘルニアの手術を受け、
その後結婚して、子どもが生まれ、子育てで大変なときに再発し、
症状は悪くなる一方であった。

お母さんの心配も大変なものだった。
我がことのように悩み、なにかいい方法はないだろうかと
あれこれ腰痛関係の本も漁ってみたのだった。

そんな中に五味会長の著書があったという。
拾い読みすると、
「椎間板ヘルニアはかならず治る」と書いてあった。

その本を買って帰り、読むと、
娘がかかっていた現代医学の椎間板ヘルニアの対処法を、
はっきりと間遅っていると言い切り、
なぜそうなのかと(前記のような)
椎間板ヘルニアのいたのである。

だが、ひどい症状に悩み、つらい治療を受けても
いっこうに良くなる気配のない患者さんは、
総じて心が傷ついていて、違う治療法を勧められても
素直にその気になれないもの。

その例にもれなかった。
「煽されたと思って、試してみなさいよ」
というお母さんの説得に、
半信半疑で治療所にきたのだった。



月刊 自然良能より
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新着情報 youtu119 2017-02-22T13:41:37+09:00
(1)椎間板ヘルニアは手術しなくても治る http://www.youtu119.com/blog170214144559.html
4年前に椎間板ヘルニアの手術をしたのだったが、
また再発して歩けなくなった。


だが二度と手術はしたくないと迷っている時、
骨盤調整を勧めたのはお母さんであった。

五味勝会長の著書を読み、
現代医学とまるで反対の考え方であるが、
その主張に納得し、治療を受けたらと・・・


■ なんでも椎間板・・・?

自然良能会総本部を訪れたのは、
昨年の3月下旬であった。

訴えた症状は、椎間板ヘルニア。

人それぞれに印象があるものだが、
患者さんの場合は初めてのイメージが狂うことも間々ある。

だいたいかつらい、苦しいと訴えてくるものだから、
あっけらかんとした明るい印象はないものだが、
症状が快方に向かうにつれてよくおしゃべりして、
ケラケラと笑うようになった。

それは当人にも「治る」望みができて
気持ちも明るくなってきたからだろうが、
そうした患者さんを見ると治療する側も
当然楽しい気分になるものだ。

スタッフが簡単な問診をするのだが、
その時でも、しやくりあげるように泣きながら、
スタッフの問いに答えていたのであった。

4年前にも椎間板ヘルニアに見舞われ、
かかりつけの病院の整形外科で手術を受け、
腰椎4番と5番の間にできたヘルニアを除去したのだった。

それがまた再発したのである。

今度は、MRIを撮ったところ、
腰椎5番と仙骨の間にヘルニアが認められるということで、
「ひどく痛むようでしたら、手術をしなくてはなりませんね」
と整形外科医から宣告を受けたという。

これまでの経緯は、整形外科での治療のきわめて普遍的な例といえる。
つまり「治らない」ということである。

そのことは(何度もいうように)五味会長の、
「椎間板ヘルニア 手術なんてとんでもない」
に詳しく書かれているので、読まれると
「なぜ治らない」かがはっきりとわかる。

いまは検査機器が大変発達してMRIなどで撮ると、
椎間板から突き出ているヘルニア
〈厳密にいえば、突き出ているものがヘルニアだ)がよく見える。

すると、医師はすぐ椎間板ヘルニアと病名を付ける。
だから五味会長が「なんでも椎間板」と郷楡するように、
椎間板ヘルニアの患者さんが圧倒的に多くなっている。

東京総本部にも医師にその病名を宣告されたのですが・・・と、
問い合わせの電話がよくかかってくる。

そうした時、五味会長はかならず、
「腰の痛い箇所を指で押してみてください」と指示する。

押してみて、飛び上がるほどの激痛ならば
真性の椎間板ヘルニアであるが、
そうした人は割にも充たない。ほとんどの人からは、
「いいえ、さしたる痛さではありませんが」との答えが返ってくる。

自然良能会では、ヘルニアの痛みは二次的なもの、
いうところの従犯であって、痛みの主犯は別であると主張している。

それは骨盤の歪みから発する筋肉、靭帯の硬縮だと指摘し、
そのメカニズから治療法まで詳しく説明している。



月刊 自然良能より ]]>
新着情報 youtu119 2017-02-14T14:44:04+09:00
(2) 高齢者の効果的な治療法 右太ももに痛み http://www.youtu119.com/blog170125125420.html 所詮はお茶をにごすような処置に過ぎず、
当然のように治るどころか改善の見込みはまるでなく、
状態は悪くなっていくばかりだった。

老化現象・・・この病院の医師の常套語みたいな言葉ほど、
老齢者の気持ちを萎えさせるものはない。
いつまでも息災に生きたい。その思いは切実だし、
元気に、健康にというのは大いなる願望である。

実に非情な言葉である。
考えようによってはより残酷といえる。
Wさんもそうだった。

医師の言葉は、そんなものかと漫然と聞いたが、
ショックを受けたのは趣味でやっていた
「フラダンス」を踊れなくなったことである。

フラダンスばかりではなく、いろんな踊りでもそうだか、
当初は健康保持の運動代わりにと軽い気持ちで始めたものでも、
それなりにさまになって踊れるようになると、
いつか夢中になるようである。

踊りの「楽しさ」をわかったということだろう。
フラダンスよりも激しい動きのスペイン舞踏、
フラメンコの高齢者用のサークルをテレビで紹介していたことがある。

びらびらした華美なロングスカート姿の
50~60代の女姓たちが、
タタン、タンと足踏みをして、
「オーレ」ごと手を上げてポーズをとる。
結構形になっていたものだ。

こうした老齢といわれる人たちは、
元気に踊れることが自信につながるようで、
趣味というよりは、生きがいみたいなものになってくるのだろう。
Wさんもそうであった。

それが踊れなくなった。
衝撃であったし、気持ちも萎えたのだ。

自然良能会を頼ろうとした気持ちの底には、
(いま一度、フラダンスが踊れるようにならないだろうか・・・?)
という、せつないまでの思いがあったようだ。

踊りが好きということもあるが、踊れることが元気で動ける、
自分の「若さ」の証しでもあるからだろう。

Wさんの判断は正解だったといえる。
整形外科などのように「老化現象」などという便宜的な
言葉で糊塗して、具体的な治療をしないのではなく、
自然良能会は80、90の老齢者でもきちんと調整治療を施すのだ。

そして、成果を出す。
そうした人たちは、医師のつめたい口調で突き放されるのではなくて、
「大丈夫ですよ、まだまだお元気で動けるようになりますよ」
という同会の先生たちの言葉だけでも、
救われた気持ちになって、ほっとする。

そして、言葉通りの結果になる。

本誌では、治療における「言葉の効用」については、
これまでに何度も述べてきたように、
患者さんを励まし、前向きに対処させるためには、
治療と併せて言薬の効果も大きいと指摘してきた。

とはいっても、歯の浮くような調子のいい言葉ではなく、
患者さんを思いやり、安心させる、
心のこもった言葉ということである。

東京総本部では初診の患者さんは、
五味勝会長が直接診て、調整治療をする。

同会長は、症状の説明などは適切にわかりやすく説明するが、
だいたいが多弁を弄するタイプではないので、
そうした声かけはあまりしない人だ。

結果は当人が自らの身体で自覚してもらいたいとの思いで、
それだけに骨盤調整の技は、
先代会長の五味雅吉先生と同じ切れ味である。

治療が終わったときに
(なんだか身体が無性に軽くなったようで・・・)
と治療室を歩いてみて、「楽に歩けます」

びっくりした表情をしてそう言うと、
次にはニコニコと笑い出したのであった。

それから数回治療をつづけたある日、
前の日にフラダンスのサークルに顔を出したといい、
「踊れなくなっていたフラダンスが、
また踊れるようになりました」
うれしそうに、そういうのだった。

最初はこわごわ踊ったのだったが、なんにも違和感がなく、
メロディーに合わせてすいすいと踊れたので、
自分でも驚いたのだが、
「クラブのみんなも、あまりに早く踊れるようになったのを、
本当にびっくりしていました」

「それに、前々から空気の悪いところに行くと、
ひどく咳こんでいたのが、この治療を始めてからは、
いつのまにか咳が出なくなったのですよ」とも言った。

だからといって、それで完治したというのではない。

五味会長も常々言っているように、
骨盤謂整はすぐに良い効果が出る、
あまりに効き過ぎる治療だけに、
患者さんがそれで治ったと早合点して、
それっきり治療にこなくなるという一面がある。

効果的過ぎることが骨盤調整の落とし穴だ、というわけだ。
そのことはスタッフも説明していたし、Wさんも理解していた。

その後も定期的に総本部に通ってきた。
まもなく完治した。

当初思ったよりは早く治った。
だが、それからもときたま治療に来ている。
どこが悪いというのではない。むしろ元気溌刺としている。

その元気を保つ「保険」が骨盤調整です、
と笑っていうのだった。



月刊自然良能より ]]>
新着情報 youtu119 2017-01-25T12:53:54+09:00
(1) 高齢者の効果的な治療法 右太ももに痛み http://www.youtu119.com/blog170116133114.html 高齢者の効果的な治療を考察する

腰と足の痛みで歩行も困難だったのが、
数回の骨盤調整でウソみたいにらくになって!


腰と右足の痛みで、日常の動きもままならぬようになって、
このままでは半分寝たきりみたいになってしまうのではと、
悩んでいるのを見て、

「それなら一度、自然良能会に診てもらったら・・・。
私も腰の痛みでそこに通っているのだけど、
病院ではどうにもならなかったのが
骨盤調整を受けると、ウソみたいに楽になったのよ」

試しに受けてみるといい。
私があれこれ言うより、百聞は一見に如かずで、
なによりも自分の身体で試すとよくわかるわ。
そう言って紹介したのだった。

Wさんは、小柄で丸顔の、温和な感じのおばあちゃんたった。
初めて治療室に入ってきたときは、歩くのもつらそうで、
少し前かがみになって歩幅も短く、
そろそろと来たものだから、
よけいおばあちゃん然と見えたのだった。

初診の場合、支部によっては支部長が
患者さんと対面しての問診に、
かなり長い時間をかけているようで、
それこそ人体のメカニズム (構造)から説明し、
骨盤の果たす役割を噛んで含めるように教えている。

たしかに、骨盤調整のことを十二分に納得させてから治療に入ると、
それだけ患者さんも信用するし、
そうして懸命に治療に通うと治療効果も上がって、
結果的には早く治る。

各地区の治療所(支部)は、その土地に密着していて、
必然的に患者さんとのコミュニケーションを大切にしているが、
東京総本部はそうした手間がかけられないから、
受付のさいにスタッフが患者さんの簡単な状態を聞き出して、
カルテに記入し、五味会長はそれを見て治療にかかる。

そうしながら、補足の質問があれば聞きつつ、
とにかく調整治療を受けた結果を、
患者さん自身の身体で知ってもらうことがなによりも大切だ、
というのが五味会長の考えであった。

さて、本部スタッフが聞き出したWさんの状態はというと・・・?

5~6年前にギツクリ腰をやったというのであった。
最初のそれは少しすると「なんとなく治ってしまった」とかで、
そのまま放っていたところ、
その後右大ももに痛みが出たというのであった。

そこで病院へいき、整形外科に罹ったのであったが、
レントゲンその他の検査をした結果、担当の医師から、

「腰骨が飛び出しているもので、
どうやらそれが神経をさわるようです。
痛みの原因はそこにあるようですね」

と言われたと答えたのである。
その言葉は、Wさんが自らカルテに記入したままを記したのであるが、
その通りを医師が言ったものならば、
その整形外科の先生はなんともおかしいようだ。

だいたい「腰骨が飛び出る」という表現からして
専門家らしからぬ言い方であるようだ。

もっとも、「それ(飛び出した腰骨)が神経にさわる」というのは、
どうやら椎間板ヘルニアの症状によく似ているようだが、
明確な病名を告げたものでもなく、
痛みの原因説明にしても(自然良能会の観点からいえば)
実にあやふやなものであった。

そのへんのところは、五味勝会長の、
「椎間板ヘルニア 手術なんてとんでもない」

に詳しく説明されているが、椎間板ヘルニアの原因は、
ヘルニア(椎骨から突出して骨化したもの)が神経にふれるのは、
いわば従犯で、真の原因(主犯)は骨盤の歪みから生じる
筋肉、靭帯の硬縮によるものだというものである。

だから、整形外科のいうこと、
なすことは最初からあやふやなものであるといえる。

しかも、Wさんは60代半ばの「老齢者」であった。
整形外科などは年配者の治療は、
うっかりして壊すと大変だから、
だいたいが老化現象ということで、
「持つな、歩くな、安静に」といい、
つまるところは「あきらめなさい」と宣告したようなものである。



月刊自然良能より ]]>
新着情報 youtu119 2017-01-16T13:30:38+09:00
(2) 椎間板ヘルニアと神経ブロックを考える http://www.youtu119.com/blog161212131016.html 10月から受けたのであった。
そこで「年末までには完治するでしょう」といわれた。

たしかに年末には(まだ身体を前傾させたヘンな格好の歩き方だったが)
痛みはだいぶやわらぎ、
なんとか会社には行けるようにはなっていたのだった。

ところが、3月にはいって間もなくに、
また再発した・・・。

以上が、語ったこれまでの経緯であるが、
初めて総本部へ来た時は、
上体を直角に折り曲げて、
なにかに寄りすがりながら治療室に入ってきたのだった。

五味会長は、その著書の中で、
「ひどい状態の患者さんを見ると、
いつも『なぜ?』と胸の中で問いかけてしまう。

どうしてそんな状態になってしまうまで放置していたのかと、
ついつい思ってしまう」と書かれている。

総本部のスタッフも日々そうした患者さんに接していると、
やはり会長と同じ思いで「なぜ?」と考えてしまう。

東京総本部では、初診の患者さんは五味会長が全て診ている。
左仙腸関節をズラしていて、骨盤を右上後方に歪ませていた。

五味会長は、椎間板ヘルニアがどうして起きたのか、
その激烈な痛みはとこからくるのか、
といったことを説明し、調整治療にかかった。

骨盤が右上に傾いていたのだから、
それにつれて右足が左よりも短くなるのは当然の理屈だが、
実は左足も右同様めり込んでいたのだ。

右の仙腸関節を調整してから
また両足を揃えると、今度は左足が短くなっていた。

その差だけめり込んでいるわけで、
次に左仙腸関節の調整をすると、左右均等になったのである。

初回からの治療で、これまでのいろいろな治療では感じられなかった
「効果」を身をもって知った松村さんは、
「ようやく治るという確信がもてる治療法に巡り合った思いだ」
といって、しばらくは熱心に通ってきたもので、
回数を重ねるごとに確実に良くなっていった。

何回かでしはらく休んでいた仕事に出れるようになって、
歩き方もほとんど普通の人と変わらなくなった途端、
ぴたっと顔を見せなくなった。

普通と同じになったからといって、完全に治ったわけではない。
完治するには、それからの一押し二押しが肝要なのだが、
つい治ったと思ってしまうようである。

そう思っていると、ひと月すると、また治療に来た。
「ついつい仕事に手をとられて」と申し訳ない口調で弁明するのだった。
それから、一ケ月に一度の割りで治療に通っている。

それでも月一で通うのは、「こうして骨盤調整を受けていると、
もうあのつらい思いをすることがないから」と。
どうやら保険をかけている気持ちらしい。


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新着情報 youtu119 2016-12-12T13:08:32+09:00
(1) 椎間板ヘルニアと神経ブロックを考える http://www.youtu119.com/blog161205140717.html 神経ブロックの注射を受けたのが、今回の症例です。

だが、神経ブロック注射は痛みを麻痺させるだけの手段であって、
治すための方法ではありません。


たまたま立ち寄った会社の近くの書店で、
自然良能会会長・五味勝先生の著書を目にとめたのであった。

「椎間板ヘルニア手術なんてとんでもない」であった。

その本で「骨盤調整」という治療法を知り、来訪したという。
訴えた症状は、いうまでもなく椎間板ヘルニア。

この本はハ広社から出したものだが、
「手術なんてとんでもない」と訴える、
インパクトのある書名に関心をもって購入し、
その夜、家で読んだのであった。

夢中で読み耽った。
衝撃的であったのは書名だけではなく、
内容も同様に衝撃的なものだった。

端的にいえば、やってきたいろいろな治療を否定されていたのである。
五味会長は、かかってきた現代医学(整形外科)の治療では、
腰痛、神経痛などの症状は「治らない」と、
はっきりと言いきっていたのである。

それが「なぜ」という原因と、症状の説明を具体的にし、
骨盤調整での治療法までもが記されていて、
「なるほど・・・」そういうものだったのか、と納得がいった。

その半年前ころから臀部の右側から、
右足にかけて痛みをおぼえたという。

猛烈に痛いというのではなかったが、
「しくしくとした痛みと、不快な重ったらしさ」があったと説明した。

男性はなによりも仕事優先で、なかでも40歳前後という年齢は、
勤め人にとっては些細なことで休みなんてとれない位置にある。

(40歳近くになると当然、なんらかの障りがでるものだろうが・・・)
さしたることもなかろう、と自分で都合のいい判断を下して、
なにも手当てをせずに仕事をつづけたのである。

だが、そうした自己診断は往々にして、
「つらく苦しい」しっぺ返しがあるもので、
例外ではなかった。

まもなく、しくしくした痛みがチクチクした痛みになり、
間欠的にズキッとした激痛が走るようになった。

そして、職場で椅子に座っていて立つとき、
激痛ですっと立てなくなってしまった。

通勤の電車の中でもそうで、立っているのがつらいので、
つい座席が空くと座るのだが、駅に着いて立つのが大変だった。

最初は人の眼を気にして、痛みをこらえて立ったものだが、
そのうちに他人の視線などは気にしてられなくなって、
うんうん言いながらやっとの思いで立ち上がったものだった。

そんな調子だから、座り込んで上半身を屈めて、
靴下を履くのができなくなって、家人に履かせてもらうようになった。

そこで病院(整形外科)へ行って、MRIなどの検査をした結果、
「腰椎4、5番の権開板ヘルニアですね」と宣告されたのだった。

そして鎮痛薬と湿布を渡されたという。
「病院の痛み止めが効いたのか、靴下を履くときの痛みは少しおさまって、
なんとか自分で履けるようになったのですが、
右足がしびれるようになりました」

しかし、それもつかの間のことで、またもとの激痛の状態になり、
聞いたことも忘れるようになってしまったという。

そこで、白身も、この痛みから逃れられるのならなんでもいい、
という思いであったので、医師に勧められるままに
ブロック注射をしたのだった・・・。

ここで、考えていただきたいのは、
「痛み」という症状の本質についてた。

今回の症例で痛みを表現するのに、
しくしくとかチクチクといった言葉を使っているが、
これらはいずれも当人が感じているだけの主観のもので、
第三者にはその痛みの正確な度合いはわからないものだ。

つまり、痛みとははっきり見えない、
あやふやなものといえる。

現代医学の、ことに整形外科が関わる症例は、
そんな「見えない痛み」に対応していて
、しかもそれらの「痛み」がどこからきたものかを考えず、
痛みだけに対処している。

自然良能会としてはどうしても批判的にならざるをえないのである。
受けたプロック注射もしかりだ。

自然良能会では、腰痛治療での現代医学(整形外科)
の定番ともいえる「神経プロック」については、
「危険度は高く、根本的に治すということでは疑問視」して、
実にあやうい方法であると、一貫して反対の姿勢をとっている。

「神経ブロックは、痛みのもとになっている神経の近くに
麻酔薬を注射する治療法である」と医師はいっていて、
患者さんたちも「治療」だと思っているが、
それは単に痛みを鎖める(麻酔でマヒさせる)だけのことで、
治す方法ではない。

しかも、「痛みのもとになっている」のは神経ではなくて、
根本は骨盤(仙腸関節)の変位が原因で起きる
骨格の歪みがもたらす筋肉、靭帯の硬縮から生じるものである。

そうしたことは、五味勝会長の著書
「椎間板ヘルニア手術なんてとんでもない」
に詳しく説明されているので、これ以上の記述は省略するが、
もともとプロック注射なるものは、単に痛みをマヒさせる
一時的の手段に過ぎないもので、けっして「治す」ための治療ではない、
ということを再度強調しておきたい。

しかも、「プロック注射は熟練を要する」
と整形外科医自身が但し書きを付けているように、
それだけ危険なものだということである。

そんなプロック注射を受けた。
いっときは痛みが軽減したが、
すぐにまたもとの激痛がもどってきた。 ]]>
新着情報 youtu119 2016-12-05T14:06:20+09:00
腰痛、肩こり、膝痛 http://www.youtu119.com/blog161116134526.html

初めて治療に来だのは、10月であった。
知り合いの人がたまたま自然良能会の患者さんだったことから、
骨盤調整のことを聞き、その紹介で来たのだった。

訴えた症状は、「右腰の上のほうが痛い・・・」
というもので、それは6年ほど前からつづいているというのだった。

「痛い」というのは厳然たる事実であるが、
症状としてみると実に漠然としたものである。

患部も「・・・のほうが」というように、
いまひとつ明確ではない。

つまり腰痛、神経痛は「見えない」症状といえるものだ。
現代医学は「対症療法」であって、
傷とか炎症、腫瘍などの見える症状には対応できるが、
はっきりした患部がなくて、
ただ痛いとかシビれるといわれても対処のしようがない。

その他にも肩こりは8年前からあったし、
右膝の痛みもかなり以前からあったというのだった。

それに一週間前くらいから右肩から腕にかけての痛みが出たという。
つまりは腰痛、肩こり、膝痛なのである。

しかも10年近くも・・・
その間、マッサージや鍼にかかっていたとはいうが、
根本原因を放っておくのだから、
その場しのぎの手当に過ぎない。
放っていた年期のはいった症状といえる。

五味会長もよくいうように、
だいたいが女性のほうが辛抱強いようである。

それは日々、家事や雑用に追われることもあって、
少々の痛み、シビレはそのまま放置したままにいるケースが
多いようだが、自然良能会の立場からいえば、
我慢強いことは美徳ではない。

そうした人たちは、仙腸関節がズレたままで癒着しているので、
当人はわからないのだが、悪い形に身体を順応させて、
歩き方もかなりヘンな恰好で歩いていたのである。

それがどうにも痛くて、つらくて、
日常の動きにも障りが出るようになって、
初めて治療を受けようという気持ちになるのだった。

本当はそれではいけないのだ。
そうなると、悪い形(狂ったまま)で固定しているので、
仙腸関節を正しい位置に直しても、ズレ癖がついているから、
また元の思い位置にもどってしまうのである。

東京総本部では、初診できた患者さんは、
かならず五味会長が診て治療する。

慢性化しているいまの状況を正しく伝え、
しばらくは通って治療することを勧めたのであった。

そんな五味会長の言葉を守って、一日おきに通ってきた。
初めての治療で、調整が終わった後、あきらかに身体が楽になり、
(なんだか軽くなったように感じた・・・)と思ったという。

それに、その夜、ぐっすり眠れたのだった。
これまでは身体の痛みで、夜もなかなか寝つかれず、
ようやく眠っても浅くて何度も眼がさめて、
さめると寝付けず、悶々とすることが多かった。

「ひさかたぶりの熟睡でした」
2回目に来た時、スタッフのひとりにうれしそうにそう言ったという。

この治療に、これまでなかった、
「治る手ごたえ」をはっきりと感じたのであろう。
それから熱心に通ってきたのだった。

それだけに、腰痛、肩こり、膝痛とあれこれ症状であったのだが、
一ケ月ちょっとでそれらの悩みは解消されたのである。

いろいろ故障はあったわりには、
身体の芯の自然良能力は旺盛であったということだろう。

病院にかかってもはかばかしくなく、
もちろんマッサージや鍼でも良くならず、
心のどこかで半ばあきらめの気持ちがあったのだが、
骨盤調整をて嘘みたいに良くなったのには、
心底びっくりしたといったのだった。

「こんな素晴らしい治療法を自分もそれなりにおぼえて、
家族のものに試してみたい」

そう思い、それから講習会に参加するようになったのである。
聞けば、お子さんを出産する時、
2回とも帝王切開で産んでいる。

「そのころに骨盤調整のことを知っていたら、
きっと帝王切開をしないで、
自然分娩で出産できたのにと息うと、
それが口惜しくって・・・」

本当に悔しそうな表情をし、
次にそんな自分白身におかしくなったのであろう、
ケタケタと笑いだしたのであった。



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新着情報 youtu119 2016-11-16T13:45:00+09:00
ムチ打ち 肩、背中もこる 食欲不振、不眠 http://www.youtu119.com/blog161109132401.html 自然良能会の五味先生の治療所へ行った時、
私は「ひどいムチ打ちで・・・」と訴えたのでした。

4年ほど前にお宮さんの石段を下りていた時、
最後の3~4段で足を踏みはずして、
ドンと転げ落ちて、腰を強く打ったのでした。

と同時に頭部もガクッとしたみたいで、
それから首筋が重くてだるく、
なんとなく不安定な感じになったのでした。

そこで、病院へいって診てもらいますと、
「軽いムチ打ちでしょう。ま、さしたることもないようですから、
しばらく様子をみましょう」との診断でした。

でも、良くなるどころか、
次第に肩、背中もこるという感じではなくて
硬直したような重苦しく、上体全体にずっしりした
重いものがおおいかぶさっているような感覚になり、
そうした身体的な症状ばかりか、食欲不振、不眠、いらいらもつのり、
鬱の状態になったのでした。

そこで、脳神経外科の診察を受け、注射と薬を投与され、
少しは良くなったかなと思いましたが、
すぐにまた元の状態にもどるのでした。

そんなことを何度か繰り返しているうちに、
家事もろくにできない半病人のような状態に
なってしまったのです。

そんな時、知り合いが、
「腰痛治療で評判の五味先生のところで、
治療を受けてみたらどう?
あなたの症状も治るかもしれないわよ」
といって紹介されたのでした。

私としては正直なところ、
こんなに何年も医者にかかったがひとつも良くならなかったものが
治るかしら、と半信半疑だったのでした。

それでも、ものは試しと自然良能会を訪ねたのです。

「ムチ打ち云々よりも、よくこれぐらいの状態で
とどまっていたといえるかもしれません。

あなたは当然のように仙腸関節を狂わせています、右側です。
それに頚椎もズラしており、胸椎、腰椎の変位も認められます。
つまり、ほとんどの骨格が歪んでいるといってもいい状態なのです。

本来ならもっといろいろな症状が出て、
激烈な痛みに襲われても不思議ではないのですが、
芯が丈夫なのでしょう。
だから、こんな状態でも適切な手当をせずに放っておいたのでしょうね」

五味先生は私の身体を診て、そう言われたのでした。
半ばあきれたような口調のようでした。

そして、さっそく治療をされたのですが、
まずうつ伏せになった私の片足を手にもち、
私の腰のあたりに足の踵を置いて、
「ハーッと気合いを入れて押圧されたのでした。

それは(後で知ったのですが)仙腸関節の調整であって、
他では見たこともない方法であり、
気合いの瞬間、身体が硬くなりましたが、
その時には終わっていたのです。

それになんの抵抗も感じませんでした。
それから腰、背中、首の調整を受け、
「さ、立ってみなさい」といわれて、
私はすっと立ったのでした。

これまでは全てがのろのろと
緩慢な動きしかできなかったのが・・・。
びっくりしました。
身体がウソみたいに軽くなっていたのです。

首の重苦しさや肩、背中の張りもうすらいで、
本当に楽仁なっていました。

「またズレ癖がありますから、
しばらく治療をつづけたほうがいいでしょう。
だが、そんなに長くはかからないで良くなりますよ」

五味先生は言われました。
それから一日置きに治療に通いましたが、
先生の言葉通り、半月ちょっとですっかり良くなってしまいました。



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新着情報 youtu119 2016-11-09T13:22:38+09:00
手が挙がらない、力が入らない http://www.youtu119.com/blog161101133003.html
老化現象・・・という言葉は、
老人にとってはなんとも冷たい、無残な響きがあります。

あきらかに体力の衰えは如実に感じているし、
思うように身体が動かない、
身体のあちこちに障りがあることも、
誰よりも自分自身が自覚していることです。

だからこそ、まだ自分でも(他人の手を借りなくても)
なんとか動ける、用をたせることができる、
それが心の支えでもあるのです。

私は40代に脊椎カリエスにかかったことがありますが、
その後は大過なく今日にまで至りました。

ただ、64歳~65歳から右手が上がらなくなったのでした。
「遅れてきた50肩かな」と当初は意に止めなかったのですが、
なにげないようでいて、なんとも不自由なものでした。

そのうちに次第に右手に力がはいらなくなってきたのです。
そこであわてて病院ヘ行ったのですが、
整形外科医の診断は「老化現象」ということで、
その宣告だけで具体的にはなんの処置もしてくれませんでした。

症状は次第に悪くなっていくばかりです。
日常の動きもままならぬようになってきました。

私はつらいので「なんとかしてもらえないか」と訴えましたが、
医者の言葉は婉曲な言い方でしたが、要するに年齢なのだから、
手当のしようがないというものだったのです。

つまり、医者のいう老化現象とは、
手の施しようがないからなにもしないとの宣告であり、
患者自身にもあきらめろというものだったのです。

それには身体のつらさもさることながら、心が萎えました。
そうこうするうちに、右手でものが握れなくなってしまいました。

(私もこうして動けない老人になって朽ちていくのか・・・?)
と暗濃たる思いになっていたときに、
知人が自然良能会の五味先生を紹介してくださったのでした。

五味先生は開口一番、
「20代の若さを取り戻せと言われても、
それは無理です。私は神の手ではありません。

だけど、まだまだお元気で動けるようにはして上げられます」
笑いながらそう言われ、さっそく治療にかかったのでした。

私からすれば、実際に治療をしてもらえる、
それだけでもうれしいのです。

まだ可能性に挑むことができるからです。
ところが、治療が終わると、先生が手を出して、
「さ、右手で握ってみてくださいといったのでした」

握れたのでした。しかも力強く・・・。

そればかりではありません。
立って足を上げてごらんなさいといわれると、
すうっと高く上がりました。

身体が見違えるように軽くなっていました。
私は思わず、五味先生に両手を合わせていたのです。
眼がうるんでいました。

先生はああ言われましたが、まさに神の手でした。
「しばらく通いなさい、まだまだ元気になりますよ」
との先生の言葉で、私の自然良能会通いが始まりました。

骨盤調整を受けることが「健康」の保証書をいただけるのだと、
ルンルン気分の通院でした。



月刊自然良能より
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新着情報 youtu119 2016-11-01T13:29:30+09:00
腰痛は運転手の職業病といわれるが 腰痛治療長崎 http://www.youtu119.com/blog161026134832.html 私は22歳でした。
病院で診断された病名は椎間板ヘルニアでした。

長距離トラックの運転手。それが私の仕事です。
高校を卒業した18歳からトラックに乗り、
最初は助手をつとめて、
20歳過ぎに正規の運転手になったのでした。

いつか自分のトラックをもちたいとの目標で、
若さにまかせて頑張っていた矢先に、
腰痛に襲われたのでした。

腰痛は運転手の職業病といわれていますが、腰の痛みをかかえて、
それも長距離の運転となると本当につらいものです。

24歳の時、椎間板ヘルニアの摘出手術を受けました。

担当医は、「手術は成功しました」といい、
事実しばらくは痛みがなくなり、快調でしたが、
半年ほどしてからまた痛みが出はじめたのです。

だが、もう手術はしたくないと思っていましたから、
痛みでつらくなると鍼、灸などでしのいでいたのですが、
そのうちに坐骨神経痛も出てきました。

そうして、何年も何年も苦しい思いをしながら、
自分の身体をごまかしつつトラックを駆っていたのですが、
ついに運転ができなくなってしまったのです。

18の年からトラックー筋で生きてきて、
まだ三34歳でこんな身体になってしまい、
この先どうなるのだろうかと思うと、
絶望的になってきました。

その時「骨盤調整という治療法があるのだけれど、
一度ためしてみたらどうだ」
と勧めてくれたのが、先輩のでした。

それが自然良能会との出会いだったのです。
それは、いま一度トラックを走らせることができる
「希望」の始まりでした。

12年間に及んだ腰痛の苦しみは、1ケ月で完治しました。




月刊自然良能より
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新着情報 youtu119 2016-10-26T13:47:59+09:00
ぎっくり腰、腰痛に悩まされて 腰痛治療長崎市 http://www.youtu119.com/blog161019130827.html
私は2~3年前から腰痛に悩まされていました。
最初はギックリ腰をやり、
少ししたら痛みがなくなりましたので、そのままにしていたら、
しばらくするとまた腰が痛みだしました。

それでもなんとか、家事など日常のことはさわりなくできたので、
我慢しつつ放っていると、右膝もときどき痛むようになったのでした。

肩こり、頭痛も激しくなりました。
つらいときは鍼にいき、なんとかしのいでいましたが、
次第に症状が悪くなっていったので、
ようやく市民病院の整形外科で診察をうけたのでした。

でも、病院の治療ではいっこうに良くなりません。
どうしたものだろうと思っていたときに、
たまたま五味勝先生の腰痛の本を書店で見たのでした。

その内容を読むと、病院で治らなかったひどい症状が、
骨盤調整という療法で治っていくのです。

本当かしら?

半信半疑でしたが、ワラをも掴む心境で、
とにかく試してみようと五味先生の治療所を訪ねたのでした。

ところがただ一回の治療で、
悩まされていた腰、膝の痛みがうすらぎ、
重苦しかった身体が見違えるように軽くなったのです。

肩こりと頭痛も消えていたのです。
これにはびっくりしました。

それから何回か通うと、病院でも治らなかった
腰や膝の痛みが、すっかり解消されたのでした。

2年余り悩み、苦しんだことはなんだったのか?
なんだか悔しい思いがしました。

私は最初にギックリ腰をやった同じ時期に、
子宮筋腫の摘出手術を受けたのです。

五味先生の自然良能会の治療所で調整治療を受けて知ったのですが、
同会でバラコンバンドと称している、
生ゴムのチューブを腰に巻いてくるくると、
腰を回す運動をすると、子宮筋腫であった20代の看護上が、
3ケ月で子宮筋腫がきれいに消えてしまったということでした。

その話も最初は、まさか? と思いましたが、
子宮筋腫は悪い血の塊ということで、
骨盤調整でいうところの根本の原因である骨盤内の
仙腸関節のズレを矯正して、血液循環を活発にし、
自然良能(自然治癒力)を活発にするという原理を知ると、
ゴムバンドを巻くだけで筋腫が消えることは
充分ありうると納得したのでした。

(そのことを摘出手術をした二年前に知っておれば・・・)
と、またまた悔しい思いをしたものでした。



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新着情報 youtu119 2016-10-19T13:07:56+09:00
腰の痛みが治らない 腰痛治療長崎市 http://www.youtu119.com/blog161011155722.html
患者さんたちの感謝の声

どうにもならなかった症状が骨盤調整で・・・!



■ 健康自慢が腰痛に悩まされて


腰が痛い・・・もう何年も前からの悩みでした。

私は現在28歳。私らの世界では腰痛は付きものですが、
だからといってそんなことを人に訴えても、
「若いものがなにを言っている」と言われるのが関の山です。

それに私もこの世界でさらに伸びようという野心もありますから、
ひたすら我慢していましたが、
激しい動きをするのが耐えられなくなってきました。

当然、動きに切れがなくなり、
精彩を欠くようになりました。
それに、首が重苦しい感じになってきたのです。

これまでは病気らしい病気をしたことがなく、
ひそかに健康自慢をしていただけに、
(このまま踊りつづけることができるだろうか?)
と不安になってきました。

ひそかに病院へいき、整形外科で診察を受けましたが、
これといった手当てをするわけではなく、
痛み止めの薬を渡され、「安静にしていることが肝要で、
激しい動きは禁物です」と言われたのでした。

でも、過激な動きを禁じられては、踊りはできません。
悩みました。

そんな時に知り合いの人から、
五味先生のところを紹介されたのでした。

そこで初めて骨盤、仙腸関節という言葉を耳にしたのでした。
先生から実際に両足の長さを示されると、
右足が三センチ以上も短かったのです。

これにはびっくりしました。

そして、右側の仙腸関節を調整されると、
今度は左足の方が短くなっていたのです。

それらは仙腸関節のズレから生じるもので、
足がめりこんでいたからと言って、
今度は左仙腸関節を調整すると両足がそろったのでした。

まるで魔法を見せられたように驚きましたが、
さらに唖然としたのは、
あれほどしくしくしてつらかった腰の痛みが、
ウソみたいに消えていたことでした。

何回かの治療で、腰痛は完全に治りました。
だが、それからも健康管理のために、
たまに五味先生のところへ行き、
調整治療を受けています。



月刊自然良能より ]]>
新着情報 youtu119 2016-10-11T15:55:59+09:00
臀部の左側から足にかけての痛みとシビレ http://www.youtu119.com/blog160919144410.html
ちょっとふれても激痛で悲鳴を上げた人が仙腸関節を正すと

調整治療効果を


今回紹介する症例は、61歳の男性。
初めて治療所に来だのは2年前の1月25日であった。

ごつい体型の人だが、つらそうに腰を曲げて、
杖をついてそろそろと歩いて治療室に入ってきたのだった。

訴えた症状は臀部の左側から足にかけての痛みとシビレだった。
そうした症状が出始めたのは2年ほど前からだという。

当初はしくしくした痛みで、少々うっとうしい感じだったが、
どこかで(年齢だから)との思いもあり、
日常の動きにもさわりがあるというのでもなかったから、
そのまま放っておいたのであった。

そうするうちに次第に痛みがましていった。
つらい時にはマッサージにかかったりしたが、
その年の暮れも押し詰まってから、
網膜剥離で入院して手術を受けたのだった。

病院で年を明かし、退院して間もなくのころから、
症状は急にひどくなり、歩くのもつらくなってきたという。

また病院へいき、今度は整形外科に通ったのであったが、
そこでは痛み止めの薬と筋肉をやわらかくする薬を処方され、
服用したのだった。

最初のころは、薬を飲むとちょっとの間は痛みが薄らいだけれど、
そのうちあまり効かなくなって、
そうしながら良くなるどころか次第に悪化していくばかりであった。

このような症例は、自然良能会にとっては珍しいことではなく、
きわめて普遍的なよくあるケースなのである。

五味会長も著書などでこのような患者さんに接した時、
「なぜ、そこまで悪くする前に我々の治療を受けなかったのか?
さすればもっとはやく楽になって、無用の痛み、
つらさに苦しむことはなかったのにと、ついつい思うのである。

それをいっても繰り言だとわかっていても、
どうしても胸の内で『なぜ?』という言葉を反物している。

口惜しいのである。
骨盤調整のことがまだまだ知られていないことが・・・」

この思いは五味会長ばかりではなく、
同会の支部長に共通する思いであり、
骨盤調整のなんたるかを知ってもらうには、
本誌や単行本を通してのパブリシティと併行して、
治療の場でも患者さん一人々々によく説明し、
実際の治療効果で理解してもらう。

そうした積み重ねが大切であると思い、実践しているのだ。

骨盤調整のなんたるかを知らずに、いっこうに治らず、
より悪くなる一方の症状にどう対処していいのか困っていた時、
骨盤調整を受けたことのある妹さんが、自然良能会のことを教え、
紹介したのだった。

そして、電話で問い合わせてきて、その次の日に杖をつきながら
(いうところのへっぴり腰で)そろそろと治療室へ入ってきたのだったが、
いかにもつらそうで、少し動くのでも顔を痛そうにしかめていた。

「ここずうっと、夜もうつ伏せでなければ寝れないのです。
仰向けにはなれません」

それに、ちょっとふれられても痛くて・・・と、
話すだけでも痛そうに見えたのだった。

ともあれ、治療布団にうつ伏せになってもらったのであるが、
うつ伏せになってもへっぴり腰であった。

五味会長は、普段は患者さんの両足首をもって
少し引っ張り気味にして両足の長さの違いを見せる。

患者さんはなにか異常があって治療に来ているのだから、
全ての人が足の長さが違っている。

つまり仙腸関節が狂っている証拠だ。
(当然のように)狂っていた。

その違いを患者さん本人に見せて、納得してもらうものだが、
ちょっとふれても痛がるので、それができない。

そこで、座骨の押し上げから始める通常の手順は抜きにして、
まずは仙腸関節の矯正をしなくてはと、
五味会長はスタッフに指示して、
おなかの下にふたつ折りにした座布団を置かせたのであった。

そして、患者さんとは逆向きに立ち、
腰部の右側に左足を着ける調整の構えを取り、
右足の足首を持つか持たないかといった感じで軽く持ち、
右足を右仙腸関節にそっと当てた瞬間、
「ハーッ、気合一声、スバッ調整する。

これが激痛でちょっとふれても痛がる患者さんに対しての
仙腸関節の調整法なのである。

五味会長が常々力説しているように、
この仙腸関節の調整効果は抜群であり、
これこそ自然良能会(骨盤調整)の真骨頂であって、
他のどのような治療も真似のできない同会独自のものである。

なればこそ同会長は、この技法の錬磨の重要性を
日ごろから繰り返し説諭しているのだった。

この仙腸関節の調整は、通常は狂っている側から調整するものである。
左側の腰から足にかけての痛み、シビレを訴えたのだが、
五味会長は右の仙腸関節から調整した。

主因は右側の歪みであったからだ。
五味会長が講習会などで、症状のある人をモデルにして
実際の実技を見せる時、ほとんど右側の調整から始める。

先代会長は「右が80パーーセント」といっていたほど
右仙腸関節の歪みが主原因であることが多い。

そうした人を「ハーッ」と一閃、調整すると、
それまで何センチも短かった右足が逆に長くなっている。

これは右の狂いによる負担を、
自然に左でカバーしているうちに左側も狂わせて、
足がめりこんでしまっているからで、
次に左の油膜関節を調節すると、両足がピタッとそろって、
正しい形になるのである。

仙腸関節を調整した後、その他の関節の調整と緩めを軽めにして、
その日の治療を終えたのだったが、
「立ってみてください」というスタッフの声に促されて、
すうっと立って一瞬、びっくりしたような顔をした。

そして「ウソみたいに身体が楽になっている」といって
ニコニコしたのである。

初診の翌日から3月いっぱいまでは、毎日通って来たのである。
「仕事(自営)はまだまだ私が頑張らないとどうにもなりませんからね、
そのためにもまず健康にならねば・・・。

会長先生のおっしやる通り、中途半端にしないで、
治すときにはそれに専念し徹底的に治します」

そして、それ以降は週に3回か2回のペースで通ってきて、
その後は週1回になった。

「きちんと通えば、確実に治ります」

五味会長はくどくどとした理屈はあまり言わないが、
そうはっきり断言し実行している。

いまでは通常のように家業に精を出し、
またお孫さんの草野球の相手も元気にしているとか。

「自然良能会の昔の本のタイトルではありませんが、
本当に苦しんだのがウソみたいですよ」といい、
なぜもっと早くかからなかったのだろうかと、
それがちょっぴり悔しいですね、と笑っていたのだった。
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新着情報 youtu119 2016-09-19T14:43:38+09:00
(2) 激しい耳鳴りとメニエル氏病が嘘みたいに・・・! http://www.youtu119.com/blog160902130216.html 今度こそ耳鳴りが早く解消するように医師にお願いすると、
医師曰く、「現在の医学において、耳鳴りが止む医術を実証できたならば、
博士号を享受できるよ」と言われたのでした。

いわば突き放されたような宣告でしたが、骨盤調整を体験し、
現にメニエル氏病を治した経緯を考えれば、不可能ではない、
治る可能性があるとの思いがありました。

しかし、耳鳴りはいっこうに止まず、
相変わらずのジャージャー、ガアーガアーはつづきました。
こんな耳鳴りがしていては、とても眠れるものではありません。

寸時でも睡眠を長くして耳鳴りの強襲からのがれたいとの思いで、
睡眠薬常習となっていました。

そうした苦痛のなかにも、自然良能会への通院15日ころ、
体調もおちついてきたところで耳鼻科の医師の許可を得て、
退院したのです。

退院の当日、耳鼻科の医師が、
「退院後も骨盤調整とかをつづけたほうがいいでしょう」
と言われたのでした。広い心の先生だなとありかたく思いました。


退院後の通院は距離にして75キロに及びますが、
先生の指示でJR電車にて通院することにしました。

そして3ヶ月間通い、体調は更に良い状態になったので、
それからは車で通院することにしまた。

私の通院は、先生の自信にあふれた施術と、
スタッフの方々の心からなるアフターケアが裏打ちされたものでした。

とくに施術の最後の頚椎の調整の際、
先生が身体全体で私を背後からかかえ込んで、
首を微妙に傾けて、「バキ」と調整されるのですが、
その折り先生の体温が私の身体に伝わり、
この治療の他にない「温かさ」をひしひしと感じるのでした。

まさに血肉をそそいだ施術であることを痛感します。
初めて骨盤調整を受け出し、当初は一週間5日通院でしたが、
次第に週3日、週1日の通院にて、通常の生活に対応できるような
健康を回復することができました。

現在は、月1回の通院によって日常の生活から、
農作業、あるいは肥育牛の飼料の供与等と、
羅病以前の生活に近い動態ができています。

バラコン運動は、いまも毎日朝、昼、夜と続行しています。
この運動、健康の証しであるこのバラコン運動は、
これからもずうっとつづけていくつもりです。





■現代医学も何かが変わったのだろうか


自然良能会の五味勝会長は、書籍や月刊誌などに書かれる記事で、
「正しい治療とはなにか」
を明確にしたいとの思いがあります。

そうしたことを少しでも多くの人たちに知ってもらえれば、
それだけ痛み、苦しみで悩む人が少なくなるとの
「慈悲の心」なのです。

同時に骨盤調整をもって日々患者さんに接している我々に、
治療家の姿勢を説くものでもあるのです。

それにしても「医学万能」の考えはいまだ牢平としてあります。
私たちもまた、そうした感覚と常に対峙し、
「そうではない」という間違いを、居丈高に言うのではなく、
実際に医者でも治せなかった症状が「治る」という
事実で証明しているのです。

今回の症例も男性、七十六歳です。
激しい耳なり、目まい等に悩まされ病院に入院されたのですが、
どうしても良くならないので困惑していた時、
知り合いの人の紹介で自然良能会へ来られたのでした。

最初、電話で問い合わせてこられた時は、
ご自分の状態をお話しされるのを聞き、
真面目で正直な方だなと感じました。

お聞きした年齢が年齢ですから、
病院を抜け出しての治療は不可能かなと思い、
医師の承諾を得て気楽な気持ちで治療を受けた方がいいと思って、
「病院の先生の許可をうけられたら」とお願いしたのでした。

以前にも、病院の四人部屋に入院していた若い人が、
外出届けを出して病院を抜け出して通ってきて、完治し、
職場復帰すると、二人目が来所するようになり、
三人目、四人目と、結局その病室の全員が
骨盤調整を受けにきて完治し、退院したことかありました。

「治る」ということが必須条件で、
要は患者さん自身の判断といってしまえばそれまでですが、
やはり病院側の思惑もあろうし、
あまり強引なこともできないと思ったので、
病院の承諾を得てといったのですが、
多分駄目かもしれないと思っていたものでした。

通常病院では、入院中に他の治療に行かせてほしいと頼めば、
即退院と言われると聞いていました。
ところが「先生の承諾を得ました」とお電話をされてきました。

それを聞いて、なかには親切な医師もいるものだと思ったものでした。
私たちは、五味会長のいう、「面子とか威厳を思って
肩いからせているとともすれば心が狭くなる。

私たちはなによりも患者さんのことを思い、
少しでも早く良くする、その一事にもっぱら意を注ぐ、
それに尽きるのです」との言葉を厳守し、日々実行しています。

是々非々は患者さん自身が判断するものではないでしょうか。
ただ、今回の例で、現代医学も「なにか」が変わりつつあるのかな、
と感じました。そのことに期待したいです。


月刊自然良能より ]]>
新着情報 youtu119 2016-09-02T13:00:17+09:00
(1) 激しい耳鳴りとメニエル氏病が嘘みたいに・・・! http://www.youtu119.com/blog160830163337.html

■ 骨盤調整治療とバラコン運動で健康回復を


それは、真夜中の突発事でした。
両耳が「ガアー」と鳴り、
「ジャージャー、ガアーガアー」と高鳴ったのです。
びっくりして目をさましました。

頭を前後左右に振ってみましたが、
耳鳴りは、いっこうに止みません。

あまりのことに、隣りの寝床に眠っていた妻を呼び起こしました。
「オーイ大変なことが起こった・・・」

妻は「なにが?」と、半ば寝呆けたような顔でした。
それは当然のことです。
私の耳なりが妻に聞こえる間もなかったからです。

この突発事が、とどまることのない病になろうとは、
夢想だにもしない出来事でした。

しかも今日まで、六年余り、闘病をつづけることになろうとは・・・。

翌朝、隣り町の耳鼻科病院に受診をいたしました。
診断の結果は、内耳異常による障害とのことでした。

そして、しばらく通院をして治療をするように、と通告されたのです。
私は医師の指示にしたがい、通院治療をつづけることにしました。

しかし、耳鼻科へ通っても、良くなるどころか、
後頭部からも耳鳴りが発するようになり、
加えて目まいまでも生じて、歩行が困難となってきたのです。

いたしかたなく入院治療をお願いしたところ、
耳鼻科の入院病室はないとのことで、
入院治療は不可能でした。

だが私は、どうしても入院治療ができる病院へと言ったことで、
市民病院に入院することとなりました。
設備万端ととのった病院でした。

しかし、ジヤージヤー、ガアーガアーは止むこともな
併発した後頭部からの耳鳴りもつづいていたのでした。
つまり、メニエル氏病だったのです。
このために睡眠はほとんどできず、苦しい入院生活を送っていました。

そこで、当然のように睡眠薬を使用するようになりました。
それも最初は一錠だったのが、二錠にと増えていったのです。

そんなあるとき、知人より耳にしていた整体治療院のことを思い出したのです。
幸いに市内であることから、思いきってその治療を試してみようと、
電話で問い合わせたのでした。

そこが自然良能会の支部だったのです。
電話に出た先生は、私の訴えを聞くと、
「医師の許しを得られたら、いらっしゃいませんか」
と言われたのでした。

私は意を決して、耳鼻科の先生に「骨盤調整法なる治療を受けてみたいので」
お許しを願いたいと乞うたところ、
先生はこころよく「行っていいよ、どんな治療で治るかわかりませんからね」
とおっしゃってくださいました。

さっそく翌日、バス通りまで20分間、全精神力で歩き、
市内バスにて20分余かけ自然良能会へようやく辿りついたのでした。

そして、先生に初めてお会いした時に、
先生は笑いながら、
「病院の医師はあなたが入院していて他の治療院に行くことなど、
けっして許可しないと思っていましたよ。
結局、来院できないと踏んでいました」と旨われたのでした。

だいたいが病院の医師は、他方での治療をすることを好まぬものですが、
その耳鼻科の先生はご理解のある方ですね、と感心されていました。

現在の体調を思い、改めて考えますと、本当に適切な決断であったし、
病院の先生の寛大な処置には感謝しています。

そこでの診断では、骨盤が狂っていて、背骨の並列から首部までが悪いこと、
したがって両足の長さが異なっていることを指摘されました。

事実、うつ伏せになって両足を仲ばすと、
「ほら、こんなに長さが違うでしょう」と示したのでした。

振り向いて見てみると、本当に両足の長さがズレていたのでした。
自分白身では気付くことのなかった現実に、本当にびっくりしました。

そして先生は言いました。
「ですが治りますよ」とはっきりと言われたのです。
「ただし、どれだけ僕の治療の指示を実行できるか、
またあなたに課したバラコン運動を
たゆまず実践できるか否かにかかっているのです」

私が治すのではなく、あなた白身が、あなたの努力が治すのです。
それが先生の「診断結果」だったのです。

当日の治療は、足まき運動から始まり、先生の調整治療で終わりました。
以後、治療との収組みになりますが、バラコン運動の実施は、
病室は個室でないので、8階の屋上に行き、
毎日正后と夕方の2回、実施をしました。

雨の日は、屋上の入口で腰回しをしたものでした。
そうして通院を始め、3日目の施術を受けての帰路、
バス停までの足どりがおどろくほど軽いのに気づきました。

復路のバス停で下りて、病院までの20分間、
歩く足どりのさらに軽いのに「はてな?」と、とても疑問でした。

骨盤調整を受けて5日目の、耳鼻科の病室回診のおりに、
耳鼻科の医師に、「先生、メニエル氏病は目まいも止まり、治ったようです」
と告げると、医師は、「それでは検査でもしましょうか」と言い、
回診が終わって検査室に呼ばれメニエル氏病の検査をしたところ、
「本当に治っているよ」とのことでした。

このメニエル氏病も、耳鼻科にて最初の診断のおりには、
完治までには30日間はかかるでしょう、との診断だったのです。



月刊自然良能より ]]>
新着情報 youtu119 2016-08-30T16:31:58+09:00
(2) 3度も手術しても治らなかった椎間板ヘルニア http://www.youtu119.com/blog160727130516.html 行ってみないか」と知人に勧められて、
私の治療所へ来たのは、同年の10月でした。

言葉でいえば、「なんでも、どこでもいい、
この状態を抜け出せるように治してくれるのであればと、
半ばやけくその気持ちで来たのでした」というものでした。

初めて私のところへ来た時は、
もちろん車の運転ができる状態ではなく、
家の人に運転してもらって来たのでした。

身体は硬直し、顔もひきつって歪んで見えました。
5メートルと歩けない。

道の真ん中であろうと、
どこでも寝転がりたいほどつらかったようです。

診れば、左下肢がひどいシビレで、左坐骨神経痛。
当然仙腸関節が大きく狂っていることはいうまでもないことです。

さて、治療をすることにして、
治療布団にうつ伏せに寝るようにいいましたが、
まっすぐピタごとはならず、それだけの動作も難行苦行だったのです。

なればこそ(当然大きくズレている)仙腸関節を
調整して正さなくてはなりません。

ちょっとさわっても痛みで悲鳴を上げる患者さんに
仙腸関節の位置に足の蹟を当てるやいなや、
瞬発の間合いで調整する。

これは五味会長直伝の調整法です。
その教え通りの形で、「ハーッ・・・」と、きつい一発を施しました。

「ギヤーッ」悲鳴を上げました。
本人はびっくりしたようです。

しかし、徐々に足の方に血液が流れ出し、
身体がスーと楽になるのがわかったといいます。

この最初の1回の治療で、かなりの手応えをつかんだ様子でした。
次に顔を出したときは、なんと自分で車を運転してきたのです。

これには私の方が驚きましたが、
「こんなに効果があるとは・・・。
なぜ3度も手術をしたんでしょうかね、
思えば本当に馬鹿らしくなりますよ」


身体の硬直が目に見えて取れていき、
週1回の治療のたびに、はっきりと「変化」が自覚され、
通うのが楽しみになってきたと私に言ったときに、
ふと、そう述懐したのでした。

翌年の4月、就職が決まり、仕事に復帰したのです。
その後も毎週1回は治療に通ってきており、
いまもそれをつづけています。

現在では仕事もバリバリ頑張っており、
「もう2度とあのような悪夢は見たくない」
しみじみそう言うのでした。

そして、病院などには行きたくありません・・・!
現代医学のずさんさ、無責任さがよほどこたえたのでしょう。

たしかに3度の手術と、その結果はひどいものでした。
「そうした患者さんを見るたびに、
気の毒との思いと同時に怒りをおぼえます。

なぜ、そんな無駄なつらい思いをしなければならなかったのか。
骨盤調整を知っておれば、なんてこともないのに」
という五味会長の言葉。

そんな五味会長の「なぜ・・・?」と大きく叫びたい、
哀しみと理不尽さを背中に負った怒りが、
私にもよく理解できます。

しかも、なお悪いのは、今回の症例が特異なものではなく、
きわめて普遍的なことだとの点です。

程度の差はあっても、こうした事例はよくあるのです。
正しい治療とはなにか?

そのことを「知らない」人が多すぎるのです。

私もこれから「なぜ」という問いかけをしつつ、
その答えを確実に出す努力をつづけていきたいと思っています。



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新着情報 youtu119 2016-07-27T13:04:34+09:00
(1) 3度も手術しても治らなかった椎間板ヘルニア http://www.youtu119.com/blog160719131018.html とにかく「ひどい症例」です。

2度のレーザー治療(実質的には手術です)を受け、
それでも良くならず3度目は整形外科でのヘルニア切除手術。

それを半年の間に受けたというものです。
それで治ったのならまだしも、
より悪くなって歩くこともできなくなってしまったのでした。

しかも医者は、「治ったはずだが、悪ければ再手術を」といったので、
その無責任さにびっくりして、あわてて退院、
ようやく骨盤調整にたどり着いたといいます。

なんともひどい話ですが、
この例がけっして特別なものではなく、
いたって普遍的であるから慄然とするのです。




■ ヘルニアは手術では治らない


会社員男性、43歳。まさに働き盛りの人です。
襲ったのは、腰椎椎間板ヘルニアでした。

12月に、レーザー治療を受けたのです。
PLDO法というレーザーによる経皮的舶核摘出術というわけで、
いま、「手術をしないで椎間板ヘルニアを治す」といい、
「入院したその日に退院できる」と手軽さと早さを
大いに宣伝しているものです。

背中に何センチかの穴を開け、そこからレーザー機器を入れて、
飛び出している髄核を焼き切る方法は、
従来の整形外科で行うへルニア摘出法となんら変わらないものです。

手術は手術なのです。
それでも、治るものならば文句をつけることもないのですが、
術後も思わしくない。

そこで医者のいうままに再度、
翌年4月にレーザーでの治療に踏み切ったのです。

だが、しばらくするとまた痛みがぶり返してきたのでした。
仕事ができなくなり、休むことにしたのでした。

そこで、この地区では知られた病院の整形外科に罹り、
ヘルニア切除手術を受けたのです。

6月のことでした。わずか半年の間に3度の手術だったのでした。

その結果、まったく勤けなくなり、
何ケ月も寝たきりの生活がつづき、
勤めていた会社もクビになってしまったと言います。

私たち自然良能会の立場から言えば、
五味会長の著書のタイトルのように、
椎間板ヘルニアは、「手術なんてとんでもない」ことです。

手術してもヘルニアは治りません。

結果は、当然のものといっても過言ではないのです。
ただ、このケースはあまりにもひどいものといえます。

「最新技術の」とか「画期的な治療法」などと
謳っているレーザー療法も、つづけて2度もやっても効果が出ず、
整形外科のヘルニア摘出手術でも結果が惨恨たるものであったのだから、
要は「治す」治療ではないということでしょう。

手術直後、歩くこともままならない状態になって、
「いったいどうなっているのか?」と問いただすと、
医者は、「ヘルニアを切除したのですから、
治ってくるはずですが・・・?」

と首を傾げて、「悪ければ、もう一度手術をしますか?」
そう言われたというのです。

それにびっくりして、そのまま病院を逃げ出して家に帰ったのですが、
だからといって他に効果的な方法があるわけはなく、

これからどうなるのだろう・・・?
と不安と絶望感の毎日を送っていたのでした。


月刊自然良能より ]]>
新着情報 youtu119 2016-07-19T13:09:33+09:00
(2) 2回も椎間板ヘルニアの手術したのはなんだったのか http://www.youtu119.com/blog160711115235.html レーザー治療を受けました。

レーザーでヘルニアを灼き切る手術は、
先に行った摘出手術よりは簡単でしたし、楽でした。

そして、なによりも(本当に治った)との実感を
もたす爽快感がありました。

私はよろこんで帰ったものでした。

三週間家で静養して、そして仕事を始めたのでした。
ところが、ほどなくするとまた痛みだしたのです。
私は愕然としました。

(痛みの原因であるヘルニアは全て切り取ったのではなかったのか・・・?)

あの手術はなんだったのだろう。
憤りながら自問したものです。

いずれにしても、50万円余りのお金を遣ったのは、
まるで無駄になったようでした。

二度も手術したのに、結局はこの椎間板ヘルニアは
治らない疾患なのだろうか?

うちひしがれ、半ば絶望しつつ、
一年くらいは痛みを我慢して仕事をつづけたのでした。

しかし、そのうちにどうにもならなくなってきて、
これ以上はとても駄目だし、
仕事仲間にも迷惑をかけるばかりだからと思い、
働くのをあきらめて一年半余り、家で寝て過ごしていたのです。

そんな折り、かねがね私の状態を聞き知っていた友人が参考になればと、
ある日、五味雅吉先生が書かれた、
「椎間板ヘルニアは手術なしで治る」という本と、
生ゴムのチューブ状のバンドを送ってくれたのでした。

それが骨盤調整とバラコンバンドとの出会いでした。

さっそく読みました。夢中で読みました。
(これだ・・・!)と思いました。

その本のタイトルが実に大きく、力強く感じられたのです。
(この治療に賭けてみたい)

骨盤調整が最後の頼みの綱だ。
祈りにも似た思いでした。

たまたま甥っこの結婚式があったので、
それに合わせて自然良能会を訪ねたのです。

それから10月、11月と治療をつづけ、
12月の中ごろから腰の痛みがやわらぎ出してきたのです。

その時のうれしさはとても言葉にはなりませんでした。
(これは本当に治る)そう確信したのです。

バラコンバンドを腰に巻いての腰回し運動も、
始めた当初は2、3分か精一杯でしたが、
そのころでは朝夕20~30分くらい回すようになっていました。

年が明けた1月ごろから、腰の痛くない日が多くなり、
バンド運動も30分から40分、50分、
一時間と増えていきました。

その月の半ばごろからは、身体が本当に軽くなり、
腰の痛みをとんと忘れるようになったのです。

そんな時には、どうしても整形外科でしたヘルニア削除手術や、
レーザーを使っての摘出手術、
そんな二度の手術はいったいなんだったのかと、
ふと思ってしまいます。

腰痛をおぼえてから14年、それこそ何百万ものお金を遣って、
痛みと戦ってきたのが、正直アホらしくなってきました。

しかし、そう言えるのも骨盤調整という
素晴らしい治療法と出会うことができ、
こうして腰の痛みから解放されたればこそ
言えることかもしれません。

それにしても正しい治療を「知らぬ」ことの不幸と、
「知った」ことの幸せを、私は体験したことになります。

いまは日に日に痛みがなくなり、体調がよくなることが実感され、
本当にうれしくなります。

帰ってもバラコン運動をつづけます。
そして、骨盤調整のことを腰の悪い人たちに教えるつもりです。


月刊自然良能より ]]>
新着情報 youtu119 2016-07-11T11:51:53+09:00
(1) 2回も椎間板ヘルニアの手術したのは? http://www.youtu119.com/blog160706133905.html (なにが原因なのかは皆目わからない)
突然の腰痛で、びっくりしたことを今もおばえております。

だが、後に自然良能会の骨盤調整のことを知って、
その原因のなにかが骨盤に起因し、
すなわち骨盤(一対の仙腸関節)のズレからくる骨格の狂いが、
腰やその他の痛みを誘発したものである。

けっして不可解なものではなく、
きわめて当然のものであったことを認識したのでした。

五味先生の本にも書かれているように、
人間は直立して二足歩行をするようになったそもそもの時点から、
骨盤にかかる負担は非常に大きくなって、
腰痛は宿命的になったといいます。

立ったままの仕事や座ったままの仕事など、
あらゆるものが腰痛と背中合わせであって、
なかでも中腰になることが多い仕事などは
もっとも腰痛に見舞われやすいとのことです。

となると、私の職業である大工仕事は、
それに過剰なほどの力も使わなくてはならないだけに、
いうなれば腰痛になるあらゆる要素をもっているのです。

そして私は、痛みが発する前から骨盤を狂わせていたのでしょう。

しかし、その時はこうしたことを「知らなかった」し、
「正しい対応をしなかった」ので、長い期間、
不必要なつらくて苦しい思いをする羽目になったのでした。

思えば大変なまわり道をしてしまいました。

「たかが腰痛、されど腰痛」と五味先生は言われていますが、
本当に腰痛の本質を端的に指摘した言葉だと思います。

私もそうで、最初に痛みに襲われた時、
やはり「たかが腰痛」と軽くみて、
ちょっと休めばよくなるだろうと思いました。

2~3日仕事を休むと痛みが少し取れたので、
また仕事に出たのでした。
だがしばらくするとまた痛みだしたのです。

それからというものは、腰に痛みが出ると休み、
少しよくなるとまた仕事にでる、
ということを繰り返してきたのでした。

そうしながら、出る痛みの度合いがじりじりと悪くなっていき、
ついに耐えられなくなって病院に入院しました。

宣告された病名は椎間板ヘルニアです。

整形外科で受けたのは、腰をひっぱる治療(牽引)と、
ブロック注射を三回行いました。

神経ブロックの注射をすると2~3日だけは痛みが取れるのですが、
すぐにまたぶりかえしてしまうのです。

そんなことを何度か繰り返しながら入院していましたが、
仕事が忙しくなり、少し良くなったようなので退院しました。

それからは仕事をしながら通院し、鎖痛薬と湿布をもらい、
時には注射をするということがつづきました。

だが、そうしたことがどうにもならなくなってきたのです。
医者は「手術」をと勧めました。
(それしかないか・・・)

ならば若いうちに受けたほうがいいと、
思い切ってヘルニア削除の手術を行うことにしました。

一ケ月くらい入院し、それからは家でしばらくゆっくりしてから、
また仕事に復帰したのです。

だが、半年が過ぎたころから、
また腰が痛くなってきました。

それを我慢して仕事をつづけていましたが、
次に病院へ行くと、医者はレントゲンを見ながら、
「背骨がズレている」とか、
「年だから骨がもろくなってきている」というのです。

それでいて、的確な治療の方向を示すわけではありませんでした。


月刊自然良能より ]]>
新着情報 youtu119 2016-07-06T13:37:31+09:00
(2) 椎間板ヘルニアの宣告にがっくり http://www.youtu119.com/blog160610131040.html
それから半月、いうところの理学療法をつづけましたが、
良くなる兆しはいっこうに見えませんでした。

それどころか、痛みは増すばかりで、夜も熟睡できず、
それでいて朝は腰の痛みで四時ごろには眼が醒めてしまい、
寝不足の日がつづきました。

子どもを車で学校へ送っていく時も、
お尻が痛くて、腰を浮かしながら運転していたもので、
また椅子に座ってパソコンに向かっても、20分ぐらいすると、
悲鳴を上げるくらいの激しい痛みに見舞われたのです。

(これでは仕事もできない……)
なんとかしなくては、と思いましたが、
これはという方法が思い浮かんではきませんでした。

だけど、このままでは仕事ばかりか家のことや、
子どもの世話もできなくなってしまう。

なんとかしなくては……。焦りました。

ふと、本屋に行けば解決の糸口になるなにかが
見つかるかもしれない。

そう思って行き、腰痛関運の本が並ぶ書棚を見ていると、
五味雅吉著の、「椎間板ヘルニアは手術なしで治る」
という書名が眼に飛び込んできたのです。

実にインパクトのある・・・ことに私の思いをそのまま
述べているようなタイトルでした。

私は飛びつきました。
さっそく家に帰って一気に読みました。

この方法ならば・・・!?

私のつらい症状を解決してくれるかもしれないと考えました。
そして、「バラコン運動の実践図解」が紹介されていましたので、
説明のままに試みてみました。

生ゴム製のバラコンバンドはありませんから、
代用に女性用のストキングを腰に巻いて、
図解のままに腰を回してやってみたのです。
三日間つづけました。

たしかに、本で述べられている通りの効果がありました。
(これならば・・・)

希望が確信に変わりました。
そこで、私は本の末尾に載っている「
本書の方法を指導する先生方一覧」を見て、
家から一番近い支部を訪ねることにしたのです。

だが、ひとりで行くのは不安だったので、
主人に付いてきてもらいました。

治療所の前まで来たとき、入り□の扉が聞いていたので、
主人と二人でそっと中をのぞき込み、
「入りにくそうだな」「帰ろうか」と、
二人で顔を見合わせて数秒間考えました。

でも、せっかくここまで来だのだから、
入るわ・・・と言うと主人も、
「良くなるためにはいろんなこと試してみないと」
そう言ってくれました。

予約もせずいきなり訪ねたのでしたが、
先生をはじめスタッフの方々が温かく迎えてくださり、
懇切に症状を聞き、どう対処していくかを具体的に
指導してくださいました。

そして・・・骨盤調整の治療。
これまでに受けたことのない療法でしたが、
ここまできたら俎鯉。

先生のなすがままに身体の位置をうつ伏せから横臥になり、
仰向けになって、起きて正座といろいろ変えたのでした。

調整治療が終わった時の感じは、
治療前とはまるで違っていました。

先生に言われるままに立って歩いてみると、どうでしょう、
あれだけ腰から足にかけて突っ張っていた感じがかなり取れ、
身体が実に軽くなっていて、お尻の痛みも消えていました。

よっしや・・・!

内心そう叫んでいました。やった!
気分は一気にハイになりました。
主人もびっくりでした。

その変化はいっときのことではなく、
治療所から家に帰るときも普通に歩けたのです。

「すごい」「本当にに凄い」二人してそう言い合ったものでした。
その夜はぐっすり眠りました。

そして朝早く、あの痛さで眼を醒ますこともありませんでした。
それですっかり骨盤調整ののファンになってしまい、
治療に通うようになりました。

調整治療をすれば、それだけなんらかの良き変化がある。
治療に通うのが楽しみになりました。

先生は、治療と平行して「(バラコンバンドを使っての)
腰回し運動は毎日、朝晩かならず励行してください」
と指導されました。
私はその言葉を守り、しっかり腰回しをつづけました。

「患者さん自身が努力すれば、それだけ治りは早くなります」

という先生の言葉は本当でした。
日に日に腰の状態は良くなっていき、
治療に通うのも7日から10日に1度というペースになりましたが、
「この治療法は抜群の効果があるだけに、
効果はすぐにあらわれます。

だからといって、少しよくなったからと、
それで治療をやめてしまうとまた症状が出て、
痛くてつらい思いをするのは患者さん自信なのです。

それはあぶはち取らずなのですが、
実はそうした例が結構多いのです。

完全に治すには、ある程度の効果が見えてからの
ひと踏ん張りが必要なのですよ」という先生の言葉に、
治療を投げ出さずに支部通いをつづけています。

それにしても整形外科で言われた、
「椎間板ヘルニアだから、すぐにも手術しなくてはなりません」
との言葉はなんだったのでしょうか?

もしあの時、医者のいうことを鵜呑みにして
手術に踏み切っていたらどうなっていたのだろう?

そう思うと、ぞっとします。

病院で間いたおばあさんのひと言、
それに五味先生が著書で述べられている、

「椎間板ヘルニアは手術しても絶対に治らない」

との力強い言葉があればこそ、
治るという確実な手応えをおぼえつつ、
私は「完治」のフィニッシュに向けて、
今日も治療と腰回し運動です。



月刊自然良能より ]]>
新着情報 youtu119 2016-06-10T13:10:12+09:00